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所沢陸軍飛行場跡地 [├空港]

  2006年9月訪問 2019/2/1更新  

無題2.png
1936年6月(A'1 C2 56)  
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

国内初の公式飛行場は、埼玉県、そう、オイラの所在地である埼玉県は所沢にありました。

「所沢陸軍飛行場」です。

「防衛研究所収蔵資料:陸軍航空基地資料 第1 本州、九州 昭19.1 水路部」の中で当飛行場の情報がありました。

以下引用させて頂きます。

「所沢陸軍飛行場 埼玉県入間郡所沢町」

面積 東西1,800米 南北2,000米 
地面の状況 概ね平坦なるも南西-北東に向け緩除なる下り片勾配を為す、硬度は普通にして一面に良好なる植芝密生す
目標 所沢市、村山、山口両貯水池
障碍物 場内中央に格納庫多数あり
離着陸特殊操縦法 着陸方向は通常南又は北とす
格納設備 格納庫(大型、小型機用)多数あり
照明設備 場周灯あり
通信設備 (記載なし) 
観測設備 陸軍気象観測所あり、航空気象を観測す
給油設備 完備す
修理設備 修理施設完備す
宿泊設備 兵舎あり
地方風 全年を通じ北風多し
地方特殊の気象 暴風は3及4月に多し、霧は7,8月頃く、雷雨は7月及8月頃来襲す(原文ママ)
交通関係 所沢駅(武蔵野鉄道)南方約2粁
其の他 (記載なし) 
(昭和18年4月調)
 

給油設備と修理設備の項目、「完備す」とキッパリ言い切るのは非常に珍しいです。

流石国内初の公式飛行場ですね。

戦後の接収から部分返還を経て「所沢航空記念公園」、「航空交通管制部」等が建設され、現在に至ります。

後述しますが、先頭のグーグルマップは段階的に拡張された陸軍飛行場敷地の最大期の線を引いてあります。

 

記念館の前にこんな細長い敷地と、モニュメントがあります。

「あっ、飛行機がとんだ!」この地点はわが国最初の公式飛行場「所沢飛行場」の滑走路にあたります。この滑走路で1911年(明治44年)4月5日早朝、徳川好敏大尉操縦のアンリ・ファルマン機が初飛行を行いました。この飛行は公式飛行場における日本最初の快挙であり、以来所沢は「日本の航空発祥の地」といわれています。このモニュメントは、その偉業を成し遂げた滑走路を永遠にたたえる意味で作成されました。

(細長い敷地は、日本初の滑走路(400×50m)の一部です)

 

 

日本初の飛行場は、日本で最初の航空機による死亡事故が起きてしまった地ともなりました。

これは公園内にある、事故で墜落してしまった木村、徳田両中尉の碑。

この所沢飛行場、第四期まで段階的に拡張工事を行っています。(詳しくはこちら をご覧ください)

最初にここからヒコーキが飛び立った1911年当時の飛行場は非常に小さくて、

現在の公園の周辺程度でした。

因みに1911年当時、1,500m滑走路はまだ飛行場の敷地の外でした。

というわけで、裏付けとなる資料を見つけることはできませんでしたが、

1911年に初飛行が行われた400m滑走路はその後使われなくなり、

新たに1,500m滑走路が造られた。と思われます。

 

日本民間航空史話(昭和41年6月)p2で当飛行場について触れられていました。

1909年8月、「臨時軍用気球研究会」という内閣直属の研究会が発足しました。

これはライト兄弟以降の欧米の航空機開発に刺激を受け、

日本でも軍用を目的に飛行機、飛行船を研究調査することが目的でした。

当研究会の第一の仕事は飛行船および飛行機を試作すること、第二の仕事は、実験室、工場、格納庫などの建設、

第三は試験に使用する飛行場の設定であり、そのために関東平野の各地に実際に自転車で訪れ、

地質、地勢、水利、常習風向、地価調査を行いました。

その結果、埼玉県所沢市の平坦な畑地を最も適当として報告、

更に若干名が現地を視察した後、いも畑約八万坪を買収することに内定しました。

そして至急ヨーロッパに出張して各国の飛行場などを視察して敷地の広さ、施設などを調べ、

二か月のうちに所沢の計画でよしとの電報が送られて正式に建設が進められることになったのでした(土地の価格は一反歩百円だったらしい)。

直ちに工場、飛行機格納庫、気象観測所等の建築が始まったのでした。

所沢飛行場は1911年に開設し、春には早速徳川、日野(代々木練兵場で国内初飛行を行った)両氏の

ファルマン式、ブレリオ式、グラーデ式、ライト式の諸飛行機が運び込まれて訓練飛行を開始。

奈良原氏自作の「奈良原二号」の飛行も行われました。

また同年10月には国産初の飛行船、「イ号気球」の試験飛行も行われた他、

外国製の飛行船の試験等も当地で行われたのでした。 


     埼玉県・所沢飛行場跡地     

所沢飛行場データ
設置管理者:大日本帝国陸軍
所在地:埼玉県所沢市並木
標 点:N35°47′53″E139°28′21″
面 積:245.3ha
滑走路:
・国内初の公式飛行場 400mx50m(08/26)
・後にできた滑走路 1,500m×60m(16/34)
(標点、方位はグーグルアースから)

沿革
1911年 日本初の飛行場として開設、初飛行
1913年 同飛行場にて日本初の航空機死亡事故発生  
1920年 所沢航空学校開設
1945年 接収 在日米陸軍の航空通信隊が使用 
1971年 第一次返還(約6割が返還される)
1978年 第二次返還(約7割が返還されたことに)
1979年 所沢航空記念公園開園
1993年 所沢航空発祥記念館会館

関連サイト:
所沢飛行場の飛行機
Wiki/陸軍所沢飛行場
ブログ内関連記事   

この記事の資料:
現地の説明版
日本民間航空史話(昭和41年6月)
防衛研究所収蔵資料:陸軍航空基地資料 第1 本州、九州 昭19.1 水路部


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コメント 2

叔父さんが終戦時所沢で飛行機整備兵

少年志願兵として飛燕の整備をしていた、燃料が松の油で当時からアメリカに勝てない事は感じていたとの事、 生意気な上官の名誉な不帰港話も多々
by 叔父さんが終戦時所沢で飛行機整備兵 (2014-04-08 23:40) 

とり

■叔父さんが終戦時所沢で飛行機整備兵さん いらっしゃいませ
返事が遅くなってしまい失礼致しました。
当時が忍ばれるお話をありがとうございました。
by とり (2014-04-28 18:13) 

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