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’00 沖縄旅行 その3 [■旅行記]

 10/6(金)2日目

   7時に最上階の展望レストランでバイキング形式の朝食をとる。入り口のところに「フランス料理・ラファール」と書かれていた。全然関係ないが,確かフランスが開発した最新鋭の戦闘機の名前もラファールだ。白を基調とした明るくて広々としたレストランで,大きな窓からは,青い空と白い雲,コバルトブルーの海,白い砂浜とエメラルドグリーンの砂浜や深い緑のサトウキビ畑が遠くまで見渡せた。かなり高いところからの眺望なので,走っている車も小さく,動き方もゆっくりだ。景色がよく見えるよう窓側に4人掛けのゆったりしたテーブルが並び,青いテーブルクロスが掛けられている。I井さんは純和風で,たくさんの品数を取っていた。オイラは洋風で,バンシルー(グワバ)ジュースとコーヒー,スクランブルエッグとベーコン,ソーセージ,洋風茶碗蒸し,コーンスープ,フルーツカクテルヨーグルトかけ,あとは丸いパンとマフィンを取った。

  今日は午前中はビーチで海水浴,午後は沖縄の北部,中部を一周する予定だったが,I井さんは海へは行かず,部屋で休みたいとのことだったので,1人でビーチに泳ぎに行く。歩いて砂浜まで行くと,注意書きの看板があり,指定された場所だけで泳ぐこと,しかも水中眼鏡,シュノーケルは使用禁止となっている。潜って海底のサンゴや魚を見たかったのに・・・。おまけに囲われている範囲は20メートル四方くらいの狭さで,あとの海域はスキューバのインストラクターとその受講生,ウオーターバイクが走り回っている。ビーチにいる人は皆ウエットスーツにボンベといういでたちで,ただの海パン姿の人は1人もいない。こんなところで1人で”ただ泳いでる人”をする勇気はない。

  仕方なく潜るのは諦め,浜辺で貝殻を集めたり,磯場を眺めたりして,ビーチを後にする。ホテルからビーチに来たときは,表玄関からかなり遠回りをしてしまったので,帰りは逆回りでホテルの裏口に回ってみた。敷地内に入ると,ホテル専用のプールがあった。半ズボンの下には海パンを履いて来てるし,せっかくだから泳ごうかな,と思ったが,プールの前はガラス張りになっていて,建物からこちらが丸見えになっていた。そしてオイラの目の前で,誰も泳いでいないプールに30半ばくらいの男性がつかつかと入っていき,無表情で黙々と泳ぎ始めた。そのままホテルの裏口に直行した。

  朝から気になっていたが,部屋の窓から見下ろしたホテルの敷地内の芝生広場に数台のトレーラーが巨大な白い円筒形の物を搬入していた。すでに巨大な白い構造物がいくつが置いてあり,大型クレーン車も2台待機していた。部屋に戻ってきてみると,クレーンを使ってトレーラーから円筒形の物体を降ろしているところだった。円筒は全部で4本あり,長さは同じくらいだが,太さがそれぞれ異なっていた。I井さんに言われて分かったが,これから円筒を立ててつなげてゆき,巨大な風車を作るところだった。土台はできているのが見えるので,後は立ち上げるだけだ。既に置かれている構造物はプロペラだった。明日帰るまでに完成するだろうか,と考えながら,北部,中部のドライブに出掛けることにする。

  昨晩部屋にカーナビのマニュアルを持ち込み,基本操作はおおよそ理解できたので,車に乗り込んで先ずはホテルを自宅に設定し,それからとりあえずの目標となる沖縄本島の最北端である辺戸岬を目的地に設定する。すると,自動的に目的地までのルートの候補が幾つか出てくる。高速を使うルート,国道を使うルートなどが出て来て,それぞれのルートでの走行距離や所要時間,料金が表示される。ひたすらR58を走るルートを選択して出発した。

  これで目的地までの道案内は勿論のこと,目的地までの残りの距離,平均速度30キロで計算した到着予想時刻まで表示される。おまけに現在走っている道路の名前(国道○号,県道○号など),交差点名,主な建物,施設の名称が表示されるし,目的地までのルートで曲がる所があると,700メートル,300メートル,直前と三回刻みで音声でそのことを知らせ,画面の右半分はその交差点の実際の形状が表示されるという優れものだった。そして所定の交差点で曲がり終えると,「この先,5キロ以上道なりです」とか,「この先1キロほど先右方向です。その後300メートル先左方向です」という具合に先々のことまで前もって教えてくれる。仮に曲がるところを間違えても,本来の道に戻るようにちゃんと誘導してくれるのだ。

  さらに表示画面を持ち上げるとカセットテープ,CDの入り口が現れ,テレビ,ラジオもOKだった。ただしカーナビは専用のCDを入れっぱなしにしておかないと機能しないので,カーナビを使っている間はCDを聞くことはできない。是非オイラの車にもこんなのが欲しいと思って後日カーショップに行ってみたら,こういう性能のいいものは30万位するのだった。これではオイラの車の値段とあまり変わらない。とても手が出ないっす。

  順調に辺戸岬に向けてドライブが続く。全体がむき出しのコンクリート作りの壁,低く平らな屋根,風抜きのたくさん開いているブロックの塀,二階にある広いベランダという沖縄独特の家が続く。途中できれいな砂浜があったので立ち寄り,I井さんは,またある人のために貝殻を拾い集めた。

  出発が10時頃だったのですぐに昼食の時間となり,どこかにイイ店は無いかと探しながら走る。I井さんのリクエストで,「地元の食堂っぽい処」に入ることになる。ちょうど道の反対側に地元の人が入りそうな小さなソバ屋を見つけ,入ることにする。店内には建設関係らしき人たちが数人いるだけだった。カウンター席は先客に占領されていたので,横の座敷に上がった。店はおばさん2人で切り盛りしているようだ。2人ともソーキソバを注文した。壁に貼ってある品書きに「ポークタマゴ」というものがあったので,きっとポークと卵焼きの盛り合わせだろうと思い,それも注文した。しばらくしてから店員さんが,「ソーキソバは2つでいいんですよね」と確認しに来た。昨晩のステーキ屋さんもそうだったが,沖縄の人はホンッとに人の注文をよく聞いてないなーと思った。

  ところが,大振りの器に入ったボリューム満点のソーキソバに続いて,なんと「ポークタマゴ”定食”」が運ばれてきた。そう,店員さんは,「ホンッとにこんなに食べるのね」と確認しに来たのだった。ソーキソバだけでもすんごい量で,十分すぎるのに,そこにさらに,ごはん,味噌汁,モズクの酢の物,大盛サラダ,ポーク5枚にタマゴ焼き(多分タマゴ3個使用)がテーブルにずらりと並んだ。朝食はバイキングをしっかり食べたのでまだおなかもすいてなかった。しかしソーキソバはスープもおいしく,ソーキはとろりとやわらかく,どれもとてもおいしかったが,とにかくすごい量だった。I井さんはポークがえらく気に入ったようだ。なんとか2人で全部食べ,店を出る。 

  辺戸岬までのR58はほとんどが海沿いの道で,道路も広く,よく整備されていて走りやすかった。2時前に無事辺戸岬到着。子供の頃から1度は沖縄本島の最北端に行ってみたいと思っていたが,長年の願いをかなえることができた。岬は絶壁になっていて,祖国復帰の碑が建っていた。また,すぐ近くにレストハウスと土産物屋があった。観光客が結構多く,外国人旅行客も何人かいた。

  よく晴れており,辺戸岬からは与論島を肉眼ではっきり見ることができた。大きな看板を見て初めて知ったが,辺戸岬と与論島は28キロの距離があり,この2島の真ん中に沖縄県と鹿児島県の境界線が引かれている。つまり沖縄本島の北端から14キロ先はもう鹿児島県なのだ。目からウロコであった。

  辺戸岬まで沖縄本島の西側,つまり日本海側の道路を走ってきたので,帰りは反対側の太平洋側の道を通ることにする。カーナビの目標をセットし直し,出発した。往路は海沿いで比較的平坦な道が続き,建物も多かったのと対照的に,復路はアップダウンのきつい山道が続く。道は狭く,道路も所々未整備で工事中だった。本島北部を「山原」と書いてヤンバル地方と呼ぶが,確かにその通りだと実感した。信号もまったく無い山岳道路がひたすら続き,かなり距離を稼ぐことができた。

  やがて今回の旅行で是非行ってみたい場所のひとつだった海中道路ロードパークに着いた。そのちょっちクドイ名前の通り,岬から延びる道路と橋が三つの島をつないでいる。海の真ん中に道が延びているという感じだ。海を走る道路の途中に休息場所と駐車スペースもあったが,残念ながら激しいスコールに見舞われ,見学する気にならなかった。大きな虹が出たので,海に延びる橋と虹を写真に収めたが,残念ながらフィルムが終わっていたらしく,撮れなかった。今回の旅行中,我々の行く先々に暗い雲が待ち構えているということが多く,特に2日目は天気に恵まれなかった。

  海中道路ロードパークを後にし,嘉手納基地に向かった。途中,もうすぐ嘉手納基地という所で激しい渋滞になってしまい,なかなか前に進めなかった。しばらく行くとその理由が分かった。青い回転灯を点けたアメリカのパトカーと沖縄県警のパトカーが停まっていた。日本人の車と,Yナンバーのおそらく米軍関係の車との事故の処理中だった。旅行中,ナンバープレートのひらがなが入る部分にYと書かれた車をたくさん見た。みんな外人が運転していた。

  なんとか無事に嘉手納基地に到着したが,周りがぐるっと高い塀に囲まれていて中を見ることができなかった。どこかいい場所はないかと探していると,「安保の丘」と書かれた小高い丘のような場所があり,そこから滑走路や駐機中の軍用機を見ることができた。滑走路のこちら側にP3Cが数機停まっており,向こう側にはC5かC17が駐機していた。この大型輸送機,衝突防止灯が点滅し,エンジン音を響かせていたので,これから動き出すかもしれないと思って見ていたが,待てども待てども結局動く気配はなかった。嘉手納基地は非常に有名な基地なので,もっと戦闘機や輸送機などがガンガン飛ぶのかと思っていたが,時折小型機が離着陸する程度で拍子抜けだった。丘に登ったときには既に薄暗くなりかけていたが,車に戻る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。  

   どこかで夕食を食べて帰ろうということになり走り出すが,なかなか食事ができそうなところが見つからず,随分走り回ってしまった。そのうち大雨が降り出したが,やっとのことで海沿いのレストランを見つけて入った。ここは団体客用の大衆レストランという感じだったが,大きな水槽がいくつも置いてあり,中に熱帯特有の海中生物がたくさん入っていてきれいだった。ここで”なんとかという魚のなんとか”という,すごく難しい名前の料理を食べた。魚のフライのマリネという感じだった。途中でアメリカ人の家族が入って来て,アメリカ人らしくチーズバーガーとかフライドポテトなどを注文していた。2人の子供たちはまだとても幼いのに非常に流暢な英語をしゃべっており,感心した。

   ホテル内にある自販機の飲み物は150円とか200円もするので外で買うことにする。遠くからホテルを見ると,ライトで「ザンパ」と書かれていた。ホテルに戻る前に岬の灯台に行ってみる。岬に看板があり,「ここで泳ぐな。地形上,ここは非常に潮流が複雑で早く,ここでシュノーケル,ダイビングをした大勢の人が死んでいる」と書かれていた。灯台は断崖絶壁にあり,辺りは灯台の灯以外は真っ暗で強風が吹いており,看板の警告文とあいまって不気味な感じだった。

  ホテルに戻り,ベランダから今朝の風車取り付け作業がどのくらい進んだか見てみると,4分割された風車の主塔2つが結合され,そびえ立っていた。ちょうどBSでマリナーズの試合をやっていた。たしかワールドシリーズに向けた地区代表を決める準決勝だったと思う。その晩はちゃんと私服で大浴場へ行き,風呂に入ったり,沖縄の民話集を1階のロビーで貸し出していたので,読んだりしてすごした。この民話集の中に「カジマヤーの由来」として,人間の創造に関しての沖縄県に伝わる伝説が載っていた。

  昨日食べたちんすうこうが補充され,ちゃんと2個になっていた。それでまた1個取って食べた。きっと明日チェックアウトしてから再び1個追加され,2個になることだろう。

 


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