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知覧特攻平和会館・2日目 [■旅行記]

5:00 起床

体各部異常なし。

仕度を整え、出発。

7:40 枕崎空港見学

(枕崎空港については、後日空港探索系の記事でアップしますので、興味のある方は気長にお待ちくださいませ)

 

その後、知覧特攻平和会館に行きました。

つい最近知ったのですが、ここはかつて旧日本軍の航空基地があり、特攻隊の飛行機が飛び立っていった地です。

枕崎空港からは車で30分ほどでした。

残念ながら内部は撮影禁止でしたので、写真は屋外のみです。

 

知覧特攻平和会館正面

 

特攻機が降下するところに見えませんか?

 

 

 「三角兵舎」 初めて耳にする言葉でした

 

三角兵舎内部

 

 

 

いよいよ館内へ。

特攻隊についていろいろ分かるようになっています。

「特攻」がどういうものか大体のことは知っているつもりでしたが、具体的なこととなると知らないことばかりでした。

 

大戦末期、沖縄沖に展開するアメリカ艦船の撃沈を目的として特攻が行われました。

日本本土のみならず、様々な場所から二十歳前後の若者たちが搭乗員として集められました。

集められた若者たちは、主に九州、台湾、その他の基地から沖縄沖を目指して出撃。

ここ知覧は元陸軍の飛行場で、沖縄まで約600キロと近いこともあり、陸軍機による特攻機の最前線基地となりました。

ここから 1,036人もの若者たちが出撃していきました。

 

館内には、当基地を出撃した若者たちが、第一次攻撃隊から順番に、遺影、遺書などが展示されています。

出撃の前夜に書かれた遺書は、一文字一文字丁寧に書かれたものばかりで、細かい文字で家族への思いを綴ったものもあれば、

「俺が死んだら 何人泣くべ」とだけ大書きしたものもありました。

多くの搭乗員たちが記した、「必沈」 という見慣れない文字が強く印象に残りました。

 

当時、たとえ遺書に書く内容が制限されていたとしても、

そして戦後60年を経て、特攻に対する受け止め方は人それぞれだとしても、

ずらりと並ぶ遺書には、家族や郷土に対する溢れんばかりの思いが詰まっていました。

遺書を熱心に見ていたおじさんが嗚咽を漏らしていました。

もらい泣きが特技のオイラは、おじさんの様子を見ただけでウルッときてしまったのですが、後から入ってきた団体さんの下品な笑い声や大きなおしゃべりで、空気が変わってしまいました。

遺影、遺書を見ながら、ここで書くこともはばかられるような暴言を吐いてました。

見たところ特攻隊員と同年齢の息子がいてもおかしくない年齢のおじさんたち。

ぶち壊しです。

別にずっと黙ってろとは言わないけど、もう少しなんとかならないかなぁ・・・。

(嗚咽を漏らしていたおじさんは?)と見ると、黙ってその場を立ち去ってました。

 

あちこちに「撮影禁止」と書かれてましたが、黙認状態のようでした。

 

 

 

これは会館近くにあった「戦史詳細図」の一部です。

あちこちに戦時中の跡が残っているのが分かります。

地図が上下逆なので、一生懸命脳内変換して行ってみることに。

 

オイラの撮り方のせいではなく、本当に傾いてました。

 

 

 

この後、鹿屋基地内にある「航空資料館」に向かいました。

鹿屋は同じ鹿児島県内にあり、知覧から見ると、桜島で有名な鹿児島湾をはさんで反対側にあります。

湾に沿ってぐーっと回ってもよかったのですが・・・

 

フェリーを利用しました。

乗船する時は船首から前進。

下船する時はそのまま船尾から前進できるので簡単です。

オイラのポルシェはこの写真には写ってません。

所要時間は約45分ほどでしたが、そのまま車内に残っている人も結構いました。オイラは上に上がって掻き揚げうどんの昼食。

 

 12:10 定刻通り鴨池フェリーターミナル出港。

 

 

13:00 垂水港着。

下船し、高速の料金所みたいなところでお金を払い、鹿屋に向かいました。

続きます

 

関連サイト:
知覧特攻平和会館     


コメント(20)  トラックバック(1) 

コメント 20

qin

知覧特攻平和会館の存在は知っていましたが、具体的な事については全く知らなかったのですごく勉強になりました。
国のため、国民のために出撃していった人たちは今の日本を見てどう思っているのやら。
現職時代にそんな話をしたことを思い出してしまいました。
周囲には随分色んな史跡が残っているんですね。
九州に行くことがあったら是非見に行きたいと思います。
by qin (2006-10-14 09:08) 

ひろ茶

特攻には外国人捕虜や、日系の外国籍の方も導入されたようですね。
なにはともあれ、特攻とか玉砕とかわりと日常で用いられている言葉が
実は非常に重い言葉だったということですね。
by ひろ茶 (2006-10-14 11:20) 

おろ・おろし

私は、今年の5月連休に、岸壁の母で有名な舞鶴に行きました。
戦争が終わって、60万人!がこの港に帰ってきたそうです。
日本の地を直前にして、船中で亡くなられた人もおられたそうです。

帰国した兵隊さんの部隊別に、桜の木を植樹されていました。

戦争の悲惨さを忘れないことは必要ですね。

長野には、無名館という、
出征した学生が書き残した絵などを展示している記念館もあるそうです。
by おろ・おろし (2006-10-14 16:18) 

ジョルノ飛曹長

知覧特攻平和会館、行かれましたね。
あそこは泣きますよね。絶対。
若者たちの写真や遺品を見て、その若者たちの無念を考えると目頭が熱くなるのでした。
私も行った時、内部は撮影禁止だったんでありますが、理由を話して撮影させてもらってます。
今度ブログの方にアップしますね。ホームページの方にはずいぶん前にアップしてあるんです。(^_^)
特攻の無念、特攻せざるを得なかった時代をみんなに感じてほしいですよね。
by ジョルノ飛曹長 (2006-10-14 16:38) 

しまふくろう

知覧には10数年まえにいきました。
四音の両親が鹿児島と宮崎の出身なんで、親戚の
おばさんに連れて行ってもらいました。
JASDFに在籍していた時にも、とある基地で特攻隊
員の手記、遺書を読んだ経験がありましたが知覧の
資料はおびただしく、自分を礎にして愛する人たちを
守るため出撃した若者のことを思うと涙があふれて
その場所に居るのが辛かったです。
どうぞ平和な世の中がつずきますように!
by しまふくろう (2006-10-14 21:57) 

ジョルノ飛曹長

特攻って本当に考えさせられますよね。
当初の目的とだんだん違う解釈をさせられていったのが特攻であり、悲劇そのものがそこにありますね。
「どうせいつかは死んでしまう」という思いが基礎になっています。
「散る桜、残る桜も散る桜」うーむ・・・
by ジョルノ飛曹長 (2006-10-15 00:01) 

とり

■qinさん
>今の日本を見て
本当にそうですね。命をあまりにも粗末にした事件が多過ぎですよね。
周囲にたくさんの史跡が残っているのも驚きでした。行き当たりばったりだったので、2個しか見つけられませんでしたけど。史跡の広がり方に、街全体が一大拠点だったのだなぁと感じました。ひとつひとつをじっくり探して回るのもいいかもしれません。
後日アップしますが、最寄の枕崎空港周辺もすごく眺めの良い場所でお勧めです。
コメント&nice! ありがとうございました。

■hirochaさん
>外国籍の方も
今回知ってビックリしました。記念館では、実際に命を賭した方の遺書、絶筆の多さに圧倒されました。
コメント&nice! ありがとうございました。

■おろ・おろし さん
そんなに大勢の方が戻って来られたのですね。舞鶴にそういう場所があるとは知りませんでした。いつか行って見たいです。日本の各地に、まだまだこういう施設があるのでしょうね。オイラが言うのもナンですが、海外旅行や、いろいろ面白い娯楽施設に行くのもいいですけど、時にはこういう場所もじっくり見ておいた方がいいと思いました。
コメントありがとうございました。

■ジョルノさん
今回、本当はここに行く予定はありませんでした。ジョルノさんのお陰です。行ってよかったです。ありがとうございしまた。
事情を話して撮影なんて、できるんですね。ここは本当に泣けます。知覧、鹿屋と、最初に続けて回ったので、旅行の間中特攻で亡くなった若者のことばかり考えてました。
>当初の目的
せめて我々日本人がしっかりその意味を理解していないとですね。
コメント&nice! ありがとうございました。

■しまふくろうさん
10数年まえに行かれてたのですね~。ここは、できるだけ多くの若者に見て欲しいなぁ、とオイラは思います。
コメント&nice! ありがとうございました。
by とり (2006-10-15 07:50) 

ハイマン

こんな事が二度と起きない世の中に
しなければ。
中東の自爆テロなんてまさに特攻です。
世界平和で有りたい。。。
by ハイマン (2006-10-15 07:50) 

ジョルノ飛曹長

鹿屋のレポも楽しみですねー。
楽しみだな~ほんとに(^_^)
私が行ったのってずいぶん前なんで、どのくらい変わっているかも気になりますね。当時の鹿屋の資料館の館長にはとある団体のつてでても良くしていただきました。当時はそこでも特別に写真を撮らせていただけて、ホームページの公開許可ももらえました。「しっかりと戦争を伝えるため」という熱意が伝わればあちらもかなり協力的なんですよね。(^_^)
by ジョルノ飛曹長 (2006-10-15 13:39) 

まさ

こんにちは^^
とりサンが休憩した基山PAの次にあったのがまさサン故郷にある鳥栖JCTでして、ここは日本初の完全十字クローバー型JCTでインターチェンジ内をグルッとひと周りができる(できた?)トコロです。関東方面から下って来たとりサンがココで一回りをして上り車線に乗り換えることも可能なんです(でした?)。次回フェラーリに乗って九州にお越しの際はチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
んで、その基山PAと鳥栖JCTからほど近い場所に、記事内の地図にもある大刀洗飛行場があります。知覧はそこの分隊だったのかな?修学旅行を含め団体で訪れるのは"興味や関心がなくて仕方なく連れて来られた”ヒトも少なからずいますから・・・知覧では訪問者のモラルや意識の無さが嘆かれています・・・。
それから給水塔。戦前戦中に建てられたモノは思った以上に頑強に造られてて、当時の建築技術の高さには驚かされることしばしばです。戦争の悲惨さだけを語り続けるだけではなく、当時の高度な技術力や技術に対するこだわりなんかも受け継がないかんなぁ~っと最近思うようになってしまいました。歳をとったなぁ~・・・。
by まさ (2006-10-15 14:22) 

とり

■ハイマンさん
日本周辺もこのところかなり危うい状況です。本当に世界平和になって欲しいですね。
コメント&nice! ありがとうございました。

■ジョルノさん
またまたいらっしゃいませ。あー、そういう交渉ができるのですねー。・・・と、オイラが知ってても何もできなかったと思いますが。羨ましい限りです。あまり期待せずにお待ちくださいませ。違いが分かるほど詳しくはお届けできませんので。
コメントありがとうございました。

■まささん
完全十字クローバー型JCTなんですか~!いや~、オイラのフェラーリ、今油圧式エンジンブレーキが磨耗しちゃって、修理に出してるんですよ。フェラーリはすぐエンジンブレーキが故障するんですよ。治ったら挑戦してみますね?
それから写真なのですが、細かく見て頂きましたね~。アップしたのは写真全体の一部なのですが、肝心の部分が途切れちゃってますね。「太刀洗陸軍航空廠知覧分廠」と書かれてました。
仕方なく来た人がいると聞いて、あのオッサンたちの態度がなんとなく理解できました。いや、理解できませんが。
給水塔は、本当にこれが戦時中のものなのかと驚くほどきれいで、素人目には劣化の後はほとんど感じませんでした。「築10年」と言われたら、すんなり信じてしまうほどの状態でした。
コメント&nice! ありがとうございました。

■ひこうきさん
nice! ありがとうございました。
by とり (2006-10-15 22:50) 

マリオ・デ・ニ−ロ

知覧は行ったことありませんが鹿屋は行きました。
涙ましでは見られませんね。
特攻や自爆テロなどの無い世の中になって欲しいです。
by マリオ・デ・ニ−ロ (2006-10-16 00:26) 

とり

■アスランマリオさん
おお、アスランマリオさんも行かれたんですね。ここは本当に涙なしでは見れませんね。
コメント&nice! ありがとうございました。
by とり (2006-10-16 06:06) 

コスト

記事と写真をみて、僕も知覧特攻平和会館へいった時のことを思い出しました。そして記憶の頃と変わってないんだなあって。
レスの代わりに、いつになるかわかりませんが、僕もブログで知覧特攻会館の記事を書きます。その時できたら、とりさんの記事の写真1枚使わせてくれませんか、飛行士の像のを。
by コスト (2006-10-29 02:35) 

とり

コストさん
そうですか、変わってませんでしたか。
>記事の写真
どうぞどうぞ!1枚と言わず何枚でもOKですよ。メルアド分かってますので、必要な時にいつでも言ってくださいね。記事、楽しみに待ってますよ。
コメント&nice! ありがとうございました。
by とり (2006-10-29 08:46) 

コスト

トラックバックと同時にコメントも入れたんですが、入ってないんで再度です。
1年半遅れで、僕も知覧特攻平和会館の記事アップしたんで、また観に来てくださいー
画像一枚予告通り拝借しました(自分の持ってるのは自分が写ってるんで使いづらいんです)m(__)m
コストブログ「知覧特攻平和会館(語り部編)」
http://cost-off.seesaa.net/article/103531105.html
by コスト (2008-08-02 03:06) 

カミタク(リンク先は「知覧特攻平和会館訪問記」)

はじめまして。カミタクと申します。

拙運営の鹿児島県の観光スポット&温泉案内HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/kagoonin.htm
内のサブ・コンテンツ「知覧特攻平和会館訪問記」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/KAGKAN52.HTM
から貴記事にリンクを張りましたので、その旨報告いたします。

今後とも、よろしくお願い申し上げます。

by カミタク(リンク先は「知覧特攻平和会館訪問記」) (2008-09-13 12:18) 

とり

■コストさん
遅くなりましたがリンクどもです。

■カミタクさん
遅くなりましたが、リンクありがとうございました。
by とり (2009-01-24 21:26) 

西田

我が国の存亡の危機を救おうとの純粋な気持ちで飛んで行った多くの若者諸君に ただ"ありがとう"と涙するしかない。彼らはどんな日本をつくろうと願って飛んでいったのだろうか,戦争のない世界 だったことは間違いないが、昨今のような 自堕落な平和ボケの 人類の末期的な日本ではなかったはず、そのことを思うと 申し訳なさに涙がとまらない。平和会館内へ
キャッキャッ騒ぎながら入ってくる若造どもをみていると、あなた方の崇高な死は 犬死にだったのかと 胸かきむしられるおもいがする。
by 西田 (2014-09-02 04:14) 

とり

■西田さん
いらっしゃいませ
仰る通りと思います。
何度が当施設にお邪魔しましたが、長居しているとバカ騒ぎをしながら入ってくる団体に遭遇
する確率は高く、非常に残念なことです。
以前某ネット掲示板では、特攻隊が9.11の自爆テロと同列に論じられており、
空いた口がふさがりませんでした。
by とり (2014-09-02 05:42) 

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