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御巣鷹山の事故のこと [├場所]



■当時高校生だったオイラは,たまたまスイッチを入れたラジオで事故のことを知った。墜落地点の情報が錯綜しており,地図を開いてコロコロ変わる地名を夢中で追い続けた。事故のことはその後もずっと気にかかっていた。古い表現だが心の中にずっと重い石が引っかかっているような感覚だった。

■数年経って車に乗るようになり,遠出の自信もついた頃,ふと御巣鷹に行ってみようと思った。そこは国道からそれ,未舗装の凸凹道を延々と走り,それからさらに険しい山道を1時間近く徒歩で登らねばならない場所だった。確か休日か何かで,山道でたくさんの人とすれ違った。周りの空気を読むのが鈍いオイラだけど,自分が恥ずかしくてたまらなくなった。単なる見学で来ている人と,遺族とで,その表情や雰囲気があまりにも違い過ぎるのだ。”たくさんの犠牲者を出した悲惨な事故”なんだと,なんとなく分かっているつもりでいたのに,数年経って尚遺族の方にとってその事故がどれだけ残酷なものであり続けたのか,ほんの僅かな部分にしか過ぎないのだろうけど,思い知らされた気がした。事故現場に向かう途中,次から次に遺族の方たちとすれ違った。悲しみに暮れた顔,顔,顔・・・。興味本位でフラリと来てしまった自分が恥ずかしくて,現場の碑を見て,逃げるように山を降りた。

■瞬く間にあの事故から20年が経った。書店には関連本がたくさん置かれている。その中の一冊に,事故当時のボイスレコーダーを収録したDVDが付録のものがあった。コックピット内は混乱し,管制官との無線交信はおろか,乗員同士のコミュニケーションもきちんと行えていない。パイロットたちは最後まで機体の外観がどう変化しているかすら知ることができなかったのだ。しかも事故から20年も経つというのに,未だにその原因については諸説が入り乱れている状態だ。多数の乗客の命を預かっている重責と,「一体どうなっているんだ!!」という,極限状態の中で翻弄され続け,それでも精一杯の努力を最後までやめなかった彼らのことを思うと,なんともいえない気持ちになる。

■「過去の修理ミスが原因なので,この機だけの問題だ。世界中で飛んでいる他のジャンボは大丈夫。」ボーイングと事故調の出した事故原因には,当初から疑問の声が上がっていた。「そうではない,これは基本設計の問題だ。ボーイングは保身のためのごまかしをしている。今に似たような事故が必ず起こるであろう。」という声が上がった。「10年以内にまた必ず事故は起きる!」というような題の本も出た。ジャンボが初飛行をしてから約15年後にこの事故は起きた。そしてそれからさらに20年が経った。事故前より,事故後の方がジャンボの歴史は長くなった。その間もジャンボの機数は増え続け,機齢は上がり続けている。しかし同様の事故は起こらない。それで今度は他の説が現実味を帯びてくる。説はオイラが知るだけでもいくつもあり,それぞれが「自説こそ正しい」と唱え,他説の不備を示している。真相は一体何なのか・・・。正直オイラにはまったく分からない。20年前に引っかかった石は,色と重さを変えて,未だ同じところに引っかかっている。

■ボイスレコーダーを聞いてから数日後,仕事で外にいる時に,突然身体が恐怖で硬直するような生まれて初めての感覚を味わった。ボイスレコーダーのマイクは,破損した垂直尾翼の風切音も拾っていた。パイロットたちの懸命なやり取りの後ろで,機体の姿勢の変化に合わせて,周期的に鳴り響く不気味な風切音。あの風切音と似た音が不意にどこからか聞こえてきて,身体が勝手に反応したのだ。これは軽い”PTSD”とか”フラッシュバック”とかなのだろうか。遺族でも何でもないオイラですらこうなのだ。遺族の方や関係者のこれまでの,またこれから先の心境はいかばかりか。

 

もう2度とあんな事故は起こらないで欲しい。 


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コメント 2

tooshiba

すでにお読みかと思いますが、御巣鷹山への墜落事故については、山崎豊子の『沈まぬ太陽』にも克明に描かれています。
もっとも、『沈まぬ・・・』は半フィクションなので、“国民航空”なる架空の会社ですが(明らかに企業を特定できる内容ですが)。

私は事故を起こした会社の飛行機を生涯利用するつもりはありません。
『沈まぬ・・・』を読んだことに加えて、数年前に事故を起こした日に事故を起こした路線に搭乗しました。
ところが、乗務員が事故についていっさい触れなかったので、「この会社はダメだ。信用ならねえ」って感じてしまいました。
(このときに『**年前の今日、当社の飛行機が墜落事故を起こしました。何百名の尊い命が失われました。以来、私たちは安全確保に全力を尽くしています。これからも事故防止に努めてまいります』なんてアナウンスがされていたら、逆に「おおー!これからは、この会社だけ乗るぞ!」って思ったんだけどナ)
それ以来、一貫して他社。青い帯の会社とか新興企業のみを利用しています。

どこの会社であれ、事故は起きないことを願うばかりです。
by tooshiba (2006-04-21 22:43) 

とり

tooshibaさん いらっしゃいませ~ヽ(*´ヮ`)ノ
会社の言い分としては、「ただでさえヒコーキに乗ることに恐怖を感じる人がいるのだから不安を煽らず”未来志向で”・・・」ということなのでしょうが、マスコミもその時期になれば報道をしますし、その時の乗客のほとんどが事故のことを意識していると思います。
ですからせめて同日同路線では、『**年前の今日・・・というアナウンスをしてくれれば、というのはまったく同感です。そんな姿勢を見せてくれれば、どれだけ信頼を取り戻せるでしょう。
赤社内部でも、「もっと情報を積極的に開示すべきだ」、「事故機を永久保存せよ」と主張するグループの方もおられますよね。
そしてつい先日、保存に関しては良い方向に変化しました。
覆い隠そうとしても、これは決して忘れ得ぬ事故ですし、当の会社が忘れ去らせようとしてはいけない事故だと思います。
この会社が少しでも良い方向に向かってくれればと願います。

話は変わりますが、現場から今も見つかる機体の破片を集めて某航空博物館に持って行き、常設展示を求めた方がいます。
ところが、「当館はヒコーキの楽しさを伝えたい。常設展示は不安を増すので」と断られてしまいまったそうです。
偉くなると世間の感覚とどうしてこうズレてしまう人が多いんでしょう?
コメント&nice! ありがとうございました。
よろしければまたお越しくださいませ。
オイラもお邪魔しますね。
by とり (2006-04-22 06:21) 

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