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’04 沖縄旅行 その3 [■旅行記]

4/21(水)3日目

  6時に起床し,予定通り6:30に部屋を出る。エレベーター前にはおじいさんたちが何人かいて,皆エレベーターを見ている。明らかにエレベーターが来るのを待っている雰囲気だ。が,エレベーターのボタンのランプが付いていない。オイラがボタンを押すとやがてエレベーターが来て,全員黙って乗り込んだ。

  11階に着きドアが開くと,目の前に高校生がたくさん立っている。「7時から混雑って書いてあったのに,もう既に混んでるジャン!」と思いつつ人の群れをかき分けてレストランの中を覗くと,今サービスが始まったところで,みんなセルフサービスで並んでいる。我々もドアの前まで戻り,最後尾に付くことにした。修学旅行生は皆眠そうだ。後で知ったが,4月はゴールデンウイーク直前で旅行に行くには狙い目なのだが,反面最近の修学旅行はこの月に集中するのだそうだ。そういえば,我々が利用したホテルも,入れ替わり立ち代り,いろいろな学校が利用する予定であることがボードに記されていた。結構並んでやっと料理をよそってテーブルに着く。メニューは昨日とほとんど同じだ。昆布の炒め物を多めに取った。

  予報では今日も晴れると言っていたが,まだ曇っている。あと6時間足らずで沖縄ともおさらばだ。なんだか目に入るすべてのものが愛おしく感じる。窓の向こうに見える古びた雑居ビルさえも愛おしい。エレベーターの張り紙効果か,皆考えることは同じのようで,一般客も随分早くからレストランを利用していた。我々のテーブルも相席だったが,さすがに客は朝に強い老人がほとんどだ。

  食事を済ませ,部屋に戻って支度を整える。7:40チェックアウト。追加料金なし。やっぱり荷物がスゲー重い。短時間担ぐだけならなんてことはない重さだが,階段の上り下りをしているうちに,徐々に効いてくる。肩紐が鎖骨にくい込む。実はオイラは数年前にバイクで転倒し,左の鎖骨を3本に増やした経験の持ち主だ。最初のうち,左の肩で大きなバックを担いでいたが,鎖骨にミョーに懐かしい痛みが出たので,反対側の肩で担ぐことにした。あー書いてて気持ち悪い。

  ホームに上がるとすぐモノレールが来た。最後に乗った列車の運転士は女性だった。モノレールは発車すると,次の停車駅を日本語と英語でアナウンスし,その後駅ごとに決まった電子音の曲が流れるようになっている。だから通は,曲を聞くだけで今どのヘンを走っているかが分かるのだ。オイラが聞いて曲名が分かるのは,「小録豊見城」と「てぃんさぐぬ花」だけだったが,その他の曲も,ウチナンチューなら誰もが慣れ親しんでいる曲ばかりで懐かしかった。

   8時に那覇空港到着。手続きのため3階に上がり,カウンターに行くが,ここで予想外の事態が。「団体用カウンターの係が未だ来ておらず,チケットの手続きも荷物預かりもできない」と言うのだ。団体客にしては来るのが早すぎたか?それでとりあえず,荷物をカウンター後方に都合よく設置してあるコインロッカーに預けることにした。我々の荷物が入るくらいの大きさのロッカーは400円で,100円硬貨しか投入できないのだが,あいにく2人合わせて3枚しか持っていなかった。下の売店でガムを買って両替し,コインロッカーに硬貨を入れる。搭乗手続きができないので,事前に考えていた出発ギリギリに空港に戻る,ということができなくなってしまった。旅行会社からもらった案内には,「11:45までに搭乗手続きを済ませなければならない」と書かれているので,11:30にコインロッカー前で待ち合わせをすることになる。

  I井さんと分かれ,1階に下りる。残り時間はあと3時間だ。総合案内所に行き,貸し自転車があるか尋ねるが,「ここでは分からない。隣の観光案内でなら分かると思うが,係が未だ来ていない」とのことだった。隣の観光案内所を見ると,いろいろパンフが置いてあり,レンタバイク,レンタサイクルという文字が目に留まる。もし空港内に貸し自転車が置いてあれば是非利用したかったが,パンフを見ると,確かにレンタサイクルはあるが,あいにく営業所は遠い。どこにでも運ぶが,事前予約がどうのこうのと書かれていたので,レンタサイクルは諦めて,タクシーで瀬長島に行き,そこからJefまでは歩き,空港までは時間がなければタクシーを使うことにする。

  タクシー乗り場に行き,「中近距離」と表示されているタクシー乗り場に向かう。運転手のおじさんたちは外に出て皆で楽しそうに雑談している。その中の1人が「乗るの?」と言いながら先頭のタクシーに乗り込む。タクシーに乗るのは多分十何年ぶりだ。すごく久しぶりなので,「オイラが自分でドアを開けなくても,運転手が開けてくれるのを待っていればいいんだよな」などと確認してしまう。

  乗り込んで「瀬長島までお願いします」と言う。運転手はオジーだが,一言もしゃべらない。8:35瀬長島到着。「ノータム」に書かれていた通り,バッティングセンター,ゲームコーナーが見える。運転手さんが初めて言葉を発し,「ここでいいですか」と尋ねられたので,ここかどこか全然分からないが,「ここでお願いします」と答える。料金は1,100円だった。下りようとすると運転手さんが,「帰りもタクシーを使うのなら,電話してください」と優しい笑顔で親切に教えてくれたので,メモ紙に書き取る。「近い車が迎えに来ますよ」と教えてくれた。とっても感じのイイ運転手さんだった。やっぱりウチナーの人は皆イイ人サー。イザという時はここに電話することにする。

  タクシーを降り,売店前から海岸の方に向かって歩く。自分が立っている周辺ははっきり見えるが,海がモヤっていて極端に視界が悪い。視程はせいぜい100メートルくらい。まるで夢の中にいるような錯覚にとらわれる幻想的な風景だった。考えてみれば沖縄に着いてから,国際通りなど,賑やかな所ばかり立ち寄っている。ここは鳥の鳴き声と静かな風以外,何の音もしない。ただし時折飛行機の爆音が静寂を破る。今回の旅行で初めて,ひと気のない静かな場所に来た。売店前には車が何台か止まっているが,人影はない。無人島でたった1人,トボトボ歩いているという気がしてくる。こういう場所に来ると意識が強烈に自己に向かう。

  海岸沿いにしばらく歩くと,屋根付きのテーブルがあったので,ここでATCを録音することにした。時々車が走っていくが,周りに人が全然いないので,人目を気にすることなくハンドバックから受信機とMDを取り出す。那覇タワーの周波数118.1に合わせると,すぐに交信が聞こえた。まだビギナーなので,内容をすべて理解することはできないが,感度は非常によく,交信内容をはっきりと聞き取ることができた。かなり忙しく,ひっきりなしにしゃべっている感じだ。

  「ノータム」では,「ここで着陸機がよく見える」と書かれていたが,オイラがいた時はこちらに向かって離陸をする運用方式だった。だから,那覇タワーから離陸の許可が出ると,パイロットのリードバックの後少しして,コールされた飛行機がオイラの頭上を飛んでいくという感じだった。この後那覇空港に11:30に着いて手続きを済ませた後に時間が空くから,展望デッキでも録音できるさ,と考えて10分ほどで録音をやめ,機材をバックにしまって辺りを歩く。(歩きながらでも録音しておけばよかったと後で後悔することになる)

  島の歩道から水辺に降りてみる。ついさっきまでモヤっていたのが,いつの間にか嘘のように晴れていて,遠くの水平線までよく見渡せる。足元にはサンゴがいっぱいだった。ここからサンゴを2カケラもらっていく。結局これが唯一自分へのお土産になった。もっと奥まで散策して,那覇空港が一望できるという丘にも登りたかったが,時間がないのでそろそろ引き返すことにする。

 

  途中に停まっていたバン。実物は写真で見るよりくたびれた感じで雰囲気があった。フロントガラスに「たこやき,アイスクリーム,タコライス」と書かれている。この車が営業していたら,Jefに行かずにここで昼食を済ませたかも。タコライスは未だ食べたことがないのでぜひ食べてみたい。

 

  着陸進入灯がずっと続いている。柵で囲われており入れない。この延長線上にR/W36がある。

 

砂浜に上げられた木船。

 

  F-4ファントム。続けざまに3機離陸していった。旅客機でも相当うるさいが,戦闘機の離陸は,頭が真っ白になり,体が震えるほどの大音響。機体を大きくバンクさせながら次々丘の向こうに消えていった。

  飛行機を眺めながら,今後の予定のことを考える。地図で見ると,Jefまでは徒歩でも1時間あれば行けそうだ。食事に30分かかるとして,その後空港への移動に最低30分は必要だ。11:30に空港に着くためには,9:30にここを移動しても遅いくらいだ。あともう1機,離陸機を撮ってから出発しようと考えるが,なかなか来ない。滑走路の方を見ると,遥か彼方の空にランディングライトが浮かんでいる。つまり,1機最終着陸態勢に入っているということだ。「これだとしばらく離陸は無いな」と考え,9:25に瀬長島を出発する。

   結局今回の旅行でこの瀬長島が1番強く印象に残った。今度来る時はここで時間をたっぷり取りたい。瀬長島から陸地に伸びる一本道をてくてく歩く。両側は海で,新しい橋を架ける工事をしている。国道330号を横切り,バス通りになっている片側一車線の細い道に入る。敷地の広い昔ながらの家並みが続く。所々空き地になっており,濃い緑の草木と原色の鮮やかな花が咲き乱れていた。地図に出ているバス停がちゃんとあることを確認し,ひたすら歩く。歩いていると少し汗ばむ陽気だ。

  道路沿いに家の基礎工事をしている職人さんたちがいる。作業しながらとても暑そうだ。これからまだ4ヵ月も熱くなり続けるんだなと思う。地図では,目指すJefは瀬長島から伸びる道をひたすらまっすぐに進み,信号のあるT字路を左折してしばらく進んだ左奥にあることになっている。無事に見つかるだろうかと考えながら進むと,やがて左手の丘の上にJefとかかれたデカい看板が見えたので安心する。

  教習車が次々走っていく。そのうちの1台が路肩に停まった。横を通り過ぎる時,開いた窓から教官の「次,十字路よ」という声が聞こえる。教習生の若い男性が真剣に地図を見つめている。今時の教習所では地図を見て運転する練習もするのだろうか。T字路を左折し,坂道を上る。Jefはその道沿いにあった。前回の旅行の際,最後の昼食はこのJef近くの食堂で食べたトウフンブサー定食だったが,オイラとしてはJefに入りたかったのだ。あの時の食堂はないかと探しながら歩くが見つけることはできなかった。

 

9:55Jef到着。1時間はかかると思っていたが,30分で着いた。 

 

  こういうものが店の前と裏に何台も設置してある。ここに車で横付けし,メニュー表を見ながら注文すると,店員が車まで運んでくれるのだ。そのまま車内で食べてもいいし,走り去ることもできる。 こういう形態は他では見たことがない。アメリカ式なのだろうか。

  店内に入り,注文して番号札をもらい,窓側の席を確保してトイレに行った。鏡を見たら,額に大汗をかいていた。 

 

  運ばれてきたハンバーガーセット。店内には,目の前に2人連れの女性客と,斜め後方にオバーと孫,それにオイラの3組しかいない。どちらの客も会話に夢中だったので,人目を気にせずに撮影できた。ゴーヤーバーガーセットに,ソーキバーガーを単品で追加した。ゴーヤーバーガーの中身はゴーヤー入りの卵焼きで,ソーキバーガーのほうは,ソーキの照り焼きだった。汗をかいて喉がカラカラだったので,コーラはプラス50円でMサイズに。これでお値段は800円以上する。マックの価格に慣れているので少々高く感じる。でもどちらも地元ならではの味でおいしかった。ゴーヤーバーガーが特においしい。店員はとてもフレンドリーだった。

  結局昼食にしっかりと30分近く使ってしまった。ここまでは当初の予定より30分早い。I井さんとは空港で11:30に待ち合わせをしているが,約束の時間まであと1時間以上ある。瀬長島からここまでは単純な道だったが,地図で見るとここから空港までは,途中まで結構複雑そうだ。でも1時間もあれば,迷っても徒歩で十分余裕で着けるだろう。途中からモノレールに乗ることもできるし。だんだんサンダルがすれて足の甲と,足の裏が痛くなるが,どうしようもなくなったらモノレールに乗ることにする。

  道は所々で分岐するが,単に広い通りを道なりに進むだけですんなりと赤嶺駅に着く。ここから空港までは途中で1度空港への一本道へ左折するだけなので,もう道に迷う心配はない。足は痛いが,たいしたことはないし,せっかくここまで来たので,空港まで歩くことにする。Jefからここまでは,住宅や事務所,店が並ぶ古くからの市街地という感じだったが,駅を過ぎると,自衛隊の広々とした敷地が広がり,景色が変わる。十分余裕で空港に着く目処がつき,この辺から安心してのんびりと写真を撮り始める。 

 

時々ゆいレールが頭上を走っていく。とても静かだ。

ゆいレールの車両基地。

 

車両基地沿いの道端にたくさんのハイビスカスが咲き乱れる。

 

  空港に向かう一本道をのんびり歩く。道の真ん中をゆいレールのガイドウエーが空港に向かって真っ直ぐ伸びている。ターミナルビルに近づくと,客待ちのタクシーが何十台もエンジンを掛けっぱなしで待機している。客を乗せて走っていくのに合わせて少しずつ前進している。「燃料がもったいないなぁ」と思った。タクシーの車列を眺めていると,小型が初乗り440円,中型が450円,大型が490円で,料金に幅がある。オイラが朝乗ったのは,初乗りが440円だったので,たまたま小型だったわけだ。それとも中近距離だから小型だったのか?日差しが車内に入り込まないよう,どの車もいろいろ工夫をしているが,一台だけ,サイドの窓を全面新聞紙で覆い,○ームレス風になっているタクシーがあった。

  11:13空港到着。前回の旅行の時は,最終日はヘトヘトであまり動けなかったので,今回もそうなるのかなと思っていたが,サンダルですれて足が痛い以外,疲れはほとんど感じない。違いは一体何だったんだろう。せっかちなI井さんはとっくに3階のコインロッカーの前で待っていることだろう。だがすぐに3階には上がらず,2階の土産物売り場をあちこち眺め,それから3階に上がる。

  案の上I井さんはコインロッカーの前のベンチにいた。聞けばI井さんは再びゆいレールで首里城へ行き,中には入らず,歩いて外周を回り,内側を眺めたのだそうだ。どうせなら中に入ればいいのに・・・。ロッカーから荷物を取り出し,カウンターに預ける。搭乗まではまだ少し時間があるので,展望デッキに上がることにする。

  ここでも交信を録音しようと機材を取り出す。空港から離れている瀬長島でもかなり受信感度がよかったので,ココならさぞかしイイ音だろうと期待していたが,感度が悪く,はっきり聞こえない。モノの本に,「電波が強過ぎてかえって受信できないこともある」と書かれていたが,それなんだろうか。那覇タワーの管制官は女性に代わっていた。なんだか独特の南国風の節回しでイイ感じた。グランド,デリバリー,アプローチ/ディパーチャーにも周波数を合わせてみたが,やはり感度は悪かった。こんなことなら瀬長島でもっとたくさん録音しておくんだったと後悔した。

 埼玉に戻ってからは,瀬長島で録音した約10分間の部分ばかり繰り返し聞いては悦に入っていた。たった10分間だが,旅客機をはじめ,ヘリコプター,F-4,C-130などとのバラエティーに富んだ交信が録れた。

 

 

止まれ。

 

止まった。ANAのB767。

 

 

着陸するJAノLのB767。

 

  着陸する自衛隊のYS-11と,離陸待ちのJTA B737。 後日新聞で,「JTAがボーイングと部品供与に関する契約を結んだ」と書かれていた。JTAの整備基地の隣にボーイングが部品の倉庫を設け,JTAは必要に応じてそこから部品を購入する。これにより,JTAは部品の在庫を減らし,経費を節減できるという。JTAはJAノLグループの一員なんだから,てっきり部品なども親会社のJAノLとの一括購入なのだとばかり思っていた。

   おっと,こんな話をしていたら,そろそろ搭乗の時間が迫ってきたようだ。搭乗手続きを済ませることにしよう(わざとらしい)。ということでI井さんとボディーチェックを受ける。ハンドバッグとポケットに入れていた財布,携帯などをトレーに載せ,無事ゲートを通過。I井さんは確か携帯を持っていて引っかかってしまったと思う。若いビジネスマンがライターのオイルを発見され,没収されていた。沖縄最後のブルーシールアイスをなめ,チケットに従い,22番ゲートへ。 

 

   我々の乗る12:30発の1906便 JAノL B747-481D。チケットを見ると,「2階席 UPPER DECK 座席63J」となっている。おお,初の2階席だ!しかし「63J」って何だろう。2階に63列もあるはずないし,Jということは,普通に考えると,左から10番目の座席ということだ。(Iは間違い防止のため,無い)もちろん2階にそんなに座席を取れるはずない。

  時間になり,飛行機に乗り込む。これで沖縄ともおさらばだ。階段を登って2階に上がり,63Jを探す。前から3列目だった。座席は3-3の6アブレストで,座席の記号は,左からABC,HJKとなっていた。行きはオイラが窓側だったので,今度はI井さんが窓側のKの席。座席は行き以上に本当にガラガラなので,途中で窓側に移れそうだ。離陸までの間機内誌を見るが,「今までの人生で1番おいしかった食べ物は,沖縄の離島の漁港で食べた沖縄そばである」というようなエッセーが載っていた。面白そうだったので,機を降りる時にもらって行くつもりだったが,うっかり忘れてしまった。

  定刻通り12:30にプッシュバック開始。着陸機待ちのため,滑走路手前で一旦停止。窓の外を見ると,B737が更に外側のタキシーウエイで待機している。こちらより小型の機が滑走路を長く使うというのが面白い(たまたまだろうけど)。

  那覇を出た時は快晴だったが,いつの間にか眼下は一面の雲海。座席のすぐ前面に,客室とコックピットを隔てる壁があり,カーテンで入り口が仕切られていた。コックピットのドア手前にはトイレがあり,時々パイロットが利用しているのが見えた。コックピットのドアが開くたびに,ものすごくまぶしい光がカーテンを照らす。何度かCAがコックピットに出入りしていた。いいなあ。 

 

   やがてディセント開始。雲の下に出る。神奈川沖上空で航行中の船が見えた。この後シートベルトサインが点灯し,デジカメが使えなくなる。飛行機は東京湾の沖合いから房総半島の突端をかすめ,外房沖を飛んだ。かなり大回りのコースだ。着陸機が多くてセパレーションの調整をしているんだろうか。やがて,御宿沖上空で大きく左旋回し,外房の海岸を越え,房総半島上空を飛行する。眼下は一面の緑だ。千葉県て,本当にゴルフ場が多い。

  そのまま飛行を続け,房総半島を横断し,反対側に出る。海岸沿いにコンビナート群が見えてきた。風があるらしく,高度を落としてからかなり揺れる。雲の上でなら揺れても,大して気にならないが,地上がはっきり手に取るように見える高度に達してからの揺れは気持ちのよいものではない。しかし,ギアダウン,フラップダウンの時の減速は感じなかった。というか,離陸してから接地するまで,前後の加速度はほとんど感じなかったので,スロットルの使い方が丁寧だと思った。前回の旅行の際には,ギアダウンなどの時にガクッとブレーキがかかって前のめりになり,その後急にエンジン音が甲高くなって背中をグッと押されるという感じを何度か繰り返したので,大違いだ。

  やがて窓の遥か向こうに離陸する飛行機が見え出す。少しして画面を見ると滑走路が映り,22という文字が見える。横風用のB滑走路だ。行きの時と同じ運用方式。モニター画面に目を凝らす。見ているとなかなか滑走路がセンターに合わない。左右のズレはほとんどないのだが,滑走路がぐんぐん迫っているというのに,なかなか高度が下がらない。と思ったら,滑走路直前で一気に高度が下がる。ふと見ると,滑走路左横に設置されている進入角指示灯のライトが光っているのに気がついた。白赤赤赤で,低すぎだ。一瞬,「これはやり直しかな」と期待したが,機はそのまま何事も無かったかのように,ほとんどショックも無く着陸した。15:00羽田着。

  荷物を受け取る。今回の旅行では行きも帰りも荷物がすぐに出てきた。荷物チェックを受けて外に出る。迎えに来てくれるようパーキングに電話をする。2階の2番出口で待つように言われ,しばし待つ。日差しはあるが,とても涼しい。沖縄との気温差を感じた。ビッグバード内を歩く人々の服装は,スーツ姿の人が多いというのに,オイラは,半そでのアロハシャツに短パン,サンダルでペタペタと歩き回り,ワンピースを彷彿とさせる,どこから見ても南国お気楽ファッションだ。

   迎えのバスが来るまでメールのやり取りをしていたが,ここで電池が切れてしまった。やがて迎えのバスが来て15:32羽田空港出発。行きの時と同じで乗るのは我々だけだ。京浜島パーキングに着くと,既に車のエンジンが掛かっていた。車に乗り,荷物を収め,カーナビを設定し,携帯をシガライターにつなぐなど,出発まで少々時間がかかってしまった。道路に出ようとすると,バスでココまで送ってくれたお兄さんが道路誘導のためにずっと待っていてくれたことに気付く。申し訳ないことをしてしまった。15:45パーキング出発。首都高を順調に走り,17:30無事自宅近くのインターに到着。「どん」で食事をし,I井さんを自宅に送り,実家とS木さんの家にお土産を届けに行った。

 

  今回の旅行の全費用は約3万円だった。I井さんにチケット代を出してもらったので,代わりに旅行中にかかった費用は全部オイラが出したから,まあこんなもんだろう。ホテルは,設備はともかくとして,値段と,国際通り沿いという利便性は非常に良かった。

   今回の旅行でつくづく感じたのは,グループ旅行のデメリットだった。メリットとしては,見知らぬ土地でも誰か一緒だと心強いし,トラブルが起きても助け合える。反面,相手に拘束されることと,相手の短所が見えてしまうことがデメリットだろう。お互い様だけど。文中でも書いたが,炎天下車内に人を待たせているという思いがどうしても付きまとい,せっかく懐かしい場所を随分回ったにもかかわらず,ゆっくり堪能できなかったのが心残りだ。旅行の目的はいろいろだが,今回のように単なるお遊び旅行だと,楽しむこと,ストレス解消が大きな目的だ。だから,せっかくの旅行なのに,楽しめない,ストレスが溜まる,では何のために時間とお金をかけるのか分からなくなってしまう。こんなこと,I井さんに言ったら,「オメーもなあ!!」と怒られるだろうけど。

  結局今回の旅行で心底満喫できたのは,3日目の午前中,瀬長島を回った3時間だった。また1人で瀬長島に行って,のんびりATCを聞きたい。


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コメント 2

ばう

同じ趣味を持つ「女性」と一緒だったら、同じ気を遣うにしても「しあわせ~♪」
ってなると思いますよ(^^♪ 早くもらいなさい(^_-)---☆

きままな一人旅っていいですよねー!
私も携帯で連絡はし合うにしても、お互いが数千キロも離れているそれぞれの旅を
してみたいですね。
by ばう (2005-06-14 12:30) 

とり

・・・いきなり核心をついてきますね。
ばうさんも知っての通り,オイラはいわくつきなので,
こっちじゃ結婚するつもりはないですよ。
無事にあっちに行ったらするつもりはありますけど。
・・・キワドイ会話ですこと。
by とり (2005-06-14 18:37) 

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