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’04 沖縄旅行 その1 [■旅行記]

 4/19(月)1日目

4年前と同様、再びI井さんと2泊3日の沖縄珍道中~。

  朝8時に自宅を出発。関越道→外環→首都高と走って,9:35京浜島パーキング到着。ビッグバードの駐車場を2泊3日で利用すると12,000円もするが,ここを利用すると5,000円で済むのだ。ちょっと面倒だけど。そういえば,旅行前にニュースで,羽田など一部の空港敷地内の駐車場は,税制面で優遇措置を受けているにもかかわらず,周辺の民間駐車場と比べて著しく料金が高く,しかも随分儲けており,今後はもっと料金を引き下げるよう指導していくとの事だった。駐車場料金が大幅に下がることを期待したい。

  車のキーを預け,空港までマイクロバスで送ってもらう。搭乗チケットを受け取り,荷物を預けて,展望デッキに上がる。さすがに月曜日の午前中ということで,見学客やマニアはほとんどいないだろう,と思ったら,着陸機は横風用の22番滑走路,離陸機は16L(海側のC滑走路)を使用しており,22番滑走路側にそのスジの人たちと見学客が固まっていた。A滑走路をまったく使わないのを見るのは初めてで,がらんとした雰囲気になんだか不思議な気がした。(と思ったら,小型機が1度タッチアンドゴーをした。あの機は何だったんだろう?)

  展望デッキでのんびり飛行機を眺めたあと,地下のコークステーションでドクターペッパーを飲んで時間をつぶす。4年前もここを利用したが,そのときにはここは自販機があるだけで無人の場所だった。それでここでは何も買わずに,よそで買ったモノを飲み食いするという悪行を働いたが,今はコカコーラ社のアンテナショップになっていて,フロアの隅に自販機とイスが併設されるという形態に変わっていた。店員も2人いたので,以前のようによそで買ったものを食べ始めたら,頭からコーラをかけられて脱色された挙句,放り出されていたであろう。コカコーラグッズがいろいろ展示販売されており,シャツとか結構カッコいいが,オイラには論外の値段であった。

  出発前のボディーチェックを済ませ,搭乗口へ進む。我々が乗るのはJAノL1923便,B777-200で,搭乗口は5番であった。5番スポットはこれまでJASの割り当てだったから,4月に実施されたばかりの統合を実感した。ところで便名だが,日本航空の羽田-那覇間はこれまで長いこと(オイラの知る限り20年以上)3ケタで,9百番台を使用していた(901便とか,902便とか)。しかし今回我々が乗る便を含めてJAノLの羽田-那覇間の便名は,4ケタで1900番台を使用している。下1ケタは,東京発が奇数,那覇発が偶数になっている。やっぱり統合を期に変更したんだろうか。「交信の時は長々として大変だな」などと考える。ちなみにANAの羽田-那覇間の便名を見てみると,こちらも以前は2ケタで80番台を使用していたのが,120~130番台に変更されていた。

  

 統合過渡期の象徴。JAS塗装の機体と旧JAL塗装の作業車。

 

  我々の乗る便のディレイを知らせる電光掲示板。この写真を撮った時,うっかりフラッシュを焚いてしまい,写真には写っていないが,この下の部分にいるグランドホステス2名に思いっきり閃光を浴びせてしまった。ごめんなさいごめんなさい(汗)

  少し待って搭乗のアナウンスが入り,39Aの座席に着く。主翼のすぐ後ろの席で,翼の動きがよく分かるという,航空ファンには嬉しい座席だ。定刻12:55の便だったが,結局8分遅れの13:03ブロックアウトであった。それまでダランと下がりっぱなしになっていた高速用エルロンが,エンジンスタートすると水平に戻り,翼全体が平面になる。余談だが,トリプルセブンの胴体は日本で作っているので、この飛行機も胴体は日本で作られ,船便でアメリカに送られ,飛行機の形になって再び日本に戻ってきたわけだ。

  展望デッキで見学していた時から風向きは変わっていないようで,滑走路の運用方式も同じだった。我々の乗った機は16Lに向かってゆっくりタキシングを開始した。タキシング中に離陸に備えてフラップを下げたが,連動して高・低速用エルロンもフラップと同じ角度で下がり,主翼の後縁はほぼ全体が下向きになった。普段飛行機に乗る機会が少なく,もっぱら脳内飛行専門家のオイラにとって,これは発見だった。早速デジカメで撮りたかったが,座席ポケットの安全のしおりによると,「デジカメは離着陸時使用禁止」との事で,「使用した場合罰金が科せられることもある」とも書かれていた。トホホ。タキシング中にエアブレーキなど,動翼のチェックを行っていた。フラップを下げ,エアブレーキを大きく開くと,その下に主輪と流れる地面が覗き,主翼が実際には非常に細長いのだということがよく分かる。

  16Lに近づいたところでしばらく動かなくなる。機内アナウンスが入り,離陸の順番待ちで,当機は2番目とのことだった。離陸の順番が来て16Lに入り,滑走を始めると,まだスピードがほとんどのっていない頃から高速エルロンが大きく上下に動作を繰り返していた。アレは一体何だったんだろう。

  離陸後,初めて知ったことがもう1つ。低速飛行中には高速エルロンは作動しないと思っていたが,離陸した最初のうちから低速エルロンと連動して高速エルロンも動いていた。確かに両方のエルロンを動かした方が低速用エルロンは小さくて済むかも。やがてフラップアップが始まる。それまでフラップと同じ角度で下がっていた高・低速用エルロンも水平に戻り,高速用エルロンのみ作動するようになる。しかしエルロンの作用は大きなもので,少し大きめに上がったり下がったりすると,機はスーッと一気にロールして,窓に海ばかりが見えるようになったり,空しか見えなくなったりする。あんな小さな舵がこの巨大な機体を大きく動かしているのだ。飛行機のバランスは微妙なところで保たれているのだと実感した。ということは,やっぱり機体に重大な何かが起こると,たちまちピンチになってしまうわけだ。高速エルロンは飛行中かなりせわしなく動き続けていた。エラいぞ高速エルロン!

  I井さんは前回の搭乗の際やけに喉が渇いたそうで,エコノミー症候群予防の意味もあり,機内にペットボトルを持ち込み,ドリンクサービスも活用しまくり,いろいろなものをいろいろ飲んでいた。機内ではビンゴゲームがあり,オイラは2ケ所リーチになったが,駄目だった(涙)。前席の2人がやたらとビンゴを宣言してはいろいろせしめていた。

 

  高度11.6km。空の青さが濃くて,黒いくらいに見える。今日は家を出た時から空は鉛色だった。当然のことながら,地上がどんなにどんよりと暗くても,雲の上はいつでも青空が輝いているのだということを改めて思い知る。 

  主翼前縁部分にポチポチがついている。後日航空雑誌にたまたまこのことが出ていた。これはボルテックス・ジェネレーター(渦発生器)といい,気流に対して角度をつけて取り付けられている。これで翼面に渦が発生し,翼面の気流がはがれるのを防ぐのだそうだ。気流のはがれは失速につながるため非常によろしくない。本来設計の段階ではこのボルテックス・ジェネレーターなど付けなくても気流がはがれないようにしているはずなのだが,実際に作ってみると,気流がはがれてしまうことがある。だからこれは「設計の失敗」を補うためのもので,ボーイングシリーズでは,707から777までこれがついていて,唯一の例外は747だそうだ。これは747の主翼設計が優れていることを示しているらしい。ボルテックス・ジェネレーターがついている部分は,「設計段階では起こりえなかった,気流がはがれる部分」を示す,ということになる。

  しかし707を設計した半世紀以上前の時代ならともかく,最新鋭の777になってもこうなんだ。流体力学とか,コンピューターによるシミュレーションとか,随分進んだと思うんだけど。「飛行機はなぜ飛ぶか」みたいな解説書を読むと,翼に働く力はすべて解明し尽くされているような錯覚を覚えるけど,まだまだ分からない部分があるということなんでしょうか? 

  この写真を撮った5分後に降下開始。10分後には飛行高度7.6kmで徳之島上空通過。ところでオイラは杉花粉症。今日も自宅を出た時からずっとマスクをしていた。機内には外気が入ってくるのでマスクははずせない。しかし,偏西風の吹く方向と現在地を考えると,ここまでくればもう大丈夫だろうと考えてマスクをはずす。昼間に自宅以外でマスクをしないのは約2ヵ月ぶりだ。沖縄の空が,「今まで大変だったね。でもここまでくればもう大丈夫だよ」と微笑みかけているような気がした(嘘)。

 

  エアブレーキ作動中。エアブレーキが1分間くらい開いていた。出発の遅れを取り戻すために,ギリギリまでスピードを出していて,一気に速度と高度を落とそうというパイロットの意図によるものだろうか。それとも単に管制官からの指示なのかしら。エアブレーキ用の板は全然バタつかない。この時点で高度5.9km。辺戸岬を通過し,いよいよ沖縄本島上空を飛行。この後シートベルトサインが出たため,撮影ができなくなる。本島北端上空を通過して2分後には高度3.5kmで中部に達していた。早!

  上空は快晴だったが,高度が下がるにつれて雲が広がってゆき,やがて翼のすぐ下を雲が流れ始める。雲の塊がものすごい速さで後方に飛んでゆき,飛行機の速さを実感する。面白いもので,はるか上空を飛行しているときには,ほとんどスピードが実感できず,「・・・止まってんじゃないの?」と錯覚するほどだが,実際には千キロ近いスピードが出ているのだ。ところが高度を下げ,雲の動きが間近に見えるようになると,速度もかなり落ちているはずなのに,「早いなぁ」と思ってしまう。

  やがて雲の塊が機体にぶつかり始め,揺れだす。すぐに雲の下に出るが,事前に機内アナウンスがあったとおり,那覇空港に近づく頃には雨が降り始めた。フラップが下がってゆき,車輪を下ろす大きな音が響く。海面がものすごく近い。気がつくとモニターの正面に滑走路が映っていた。座席の窓は濡れないが,前方を映す画面に大きな雨粒が映っていて,できては流される。軽いショックと共に着陸。3:48ブロックイン。結局定刻より23分遅れだった。羽田の出発が8分遅れだったので,遅れが更に広がってしまった。離陸の順番待ちがあったのと,沖縄付近で時間のロスがあったのだろうか。

  ボーディングブリッジを通り,ターミナルビルに入る。我々が乗った機の次の出発時間までは結構余裕がある。他人事ながら,「これで到着の遅れは取り戻せるだろう」と安心した。荷物受取所に向かう途中の窓から駐機中のP-3C群,JTA,RACの機体が見え,沖縄に来たことを実感して嬉しくなる。ところで,JTAのB737が見えたが,JAノLの新塗装になっており,ロゴが「JTA」となっている以外には,JAノLとまったく見分けがつかなくなっていた。旧塗装では垂直尾翼のマークが鶴丸ではなく,横縞模様になっていたのに,そういうオリジナルがまったくなくなってしまった。寂しい限りである。荷物を受け取りモノレールの那覇空港駅へ。 

 

  空港側から見たゆいレール那覇空港駅。雨降りのせいか,埼玉と比べて暑いという気がしない。先ずはホテルに荷物を置いてから食事に出かけようということでホテルに向かう。オイラがモノレール建設計画を聞いてから30年近く経って,やっと念願の乗車が叶う。1日乗り放題の券が800円で売っていたので購入する。最後は手元に残るので記念品になるのだ。2両編成でかわいい感じだった。ワンマンで女性運転手もいた。ホームには線路に落ちないようサクが立っていて,ちょうどモノレールのドアがくる部分が連動して自動的に開閉するようになっていた。

  旅行から帰って数日後,ラジオで永六輔が,「沖縄の人たちは,モノレールの車両が混雑していると,乗らずに次を待つ。海外と同じで実に進んでいる」と言っていた。でもオイラはそれは沖縄人気質のせいではないかと思う。車内には携帯使用禁止のステッカーが張ってあったが,堂々と使っている人が大勢いた。オイラに言わせれば,混雑している電車に乗らないことと,車内で携帯を使うことは,沖縄人の「てーげー」気質でくくられると思う。

  ちょうど下校時間で,途中の駅で高校生がたくさん乗ってきた。会話を聞いていると,イントネーションはやや沖縄的だが,使っている言葉は東京の若者とそれほど変わらず,方言を使わない。近くにいた女子高生が携帯で話していたが,「今どこなーん?・・・ばかー」とか言っていたが,以前なら,「やー,まーにいちゅーん?・・・ふらー」とか言ったはずだ。ニュアンスがちょっと違うかもしれないけど。この旅行中,語尾のちょっとした変化(「大丈夫さー」みたいな)は別として若者の口から方言を聞くことはなかった。オイラが沖縄に住んでいた頃は,若者はものすごく方言を使っていたものだが・・・。沖縄の方言は今ものすごい勢いで消滅の過程を経ているのかもしれない。ちゃーすがてー!

  途中の駅で下車する。目当てのホテルは高架の駅舎から降りてすぐの建物だった。1階がコンビニになっている(ホテル名はあえて伏す)。あいにく雨が強めに降っていたので,急いで走ってホテルの玄関に飛び込んだが,慌てていたため,タイルで滑って転んでしまい,全身がビショビショに濡れてしまう,というベタなことはなかった。今途中まで読んで内心ほくそ笑んだ不届き者は反省するがよい。

  チェックインを済ませ,キーを受け取る。部屋に入ると,むぅ・・・狭い,かび臭い,暗い,冷蔵庫が無い。ポットと急須はあるが,飲み水は便所水を使わないといけない。結局この旅行中オイラは部屋の便所水を飲めなかった。どうしても前回の旅行のときのホテルと比較してしまう。実はいろいろあって,今回の旅行のチケット代はI井さんが出してくれた。I井さんがお金を出してくれている手前,不満を口にするわけにはいかない。しかしI井さんも考えることは同じだったようで,「前回のホテルとは大違いだ」と言ったので,ついオイラも激しく同意してしまった。今から思えば,オイラが「えー,そんなことないですよー。前回と全然同じですよー」とフォローすべきであったと深く後悔した。

  部屋でホテル周辺の地図を見る。このホテルは国際通りの端っこにある。4年前に来た際,国際通りで食べたステーキがとてもおいしかったので,その店を探すことにする。I井さんがホテルから傘を借りてきてくれたので,それを差して歩き出す。I井さんが「確か道のこちら側だったと思う」と言ったため,道路のあちら側を見るのはI井さんに対して無礼に当たる。それで道のこちら側だけを一生懸命探しながら歩く。道のこちら側にも、そしてあちら側にも店がずらっと並び(見てるジャン!),地元の人,観光客,修学旅行生が行き交い賑やかだ。土産物屋には関東でもすっかり知られた「海人」Tシャツが売られていた。あと,Tシャツに大きく「VIP」と書かれ,その下に小さく「でーじ えらいひと」とプリントされたものが受けた。

  おぼろげながら覚えているステーキ店の印象は,雑居ビルの2階であること,1階は土産物屋で,外階段を使ったこと,ロフト風の建物で,通り沿いに大きな窓があることなどだった。それから当時は「USガーリックステーキの店」というイーゼルに掲げた看板が道に出ていた。この条件に合う店を探しながら歩く。時々「オッ,ここか?」と思うような店があり,階段を上ってみたりするが,なかなか見つからない。とうとう国際通りの反対側の終点まで来てしまった。ほとんど端から端まで来たから,約1.6km歩いたことになる。I井さんに尋ねると,「まだ道の反対側を探す気力は残っている」と言うので,道を渡って反対側も探してみることになる。

  4年前に来た時と変わらない懐かしい店が並ぶ。しかし行けども行けども肝心の店は見つからない。「もうつぶれちゃったのかもしれないですね」などと話していると,多分道半ばほどの所にその店はあった。1階の土産物屋の床に書かれている2階への誘導のマーキングを見て,「そういえばこのマーキングが付いていた」と思い出す。4年前と変わらず,イーゼルの看板も出ていた。・・・が,残念ながらかつてのステーキ屋はなく、「ナントカ自然食」の店に変わっていた。オイラもそうだがI井さんもこういうものは興味なしということで,残念ながら他の店を探すことにする。国際通りをさすらううちに,もうステーキしか受け付けなくなっていたのだ。そういえば,前回ソバを食べた国際通り沿いの小さな食堂も注意して探したがなくなっていた。黄粉揚げパンを売る屋台はまだあった。インドの香の店もあった。

  しばらく歩いて適当なステーキ店を見つけ,入る。2階に上がる階段の両側の壁は,来客が貼ったと思われる写真,定期券,名刺などでびっしりと覆い尽くされている。ここは従業員が目の前の鉄板でいろいろ焼いてくれる店であった。肉の焼き加減を尋ねられ,I井さんはウエルダン,オイラはレアで注文した。

  担当してくれたのは若い兄ちゃんで,肉に塩コショウする時,容器をジャグラーのように投げるのであった。どれくらいでできるようになるのか尋ねると,「3カ月」ということであった。ところが「すごい上手ですねー」と褒めた途端,兄ちゃんは容器を受け損ねて床に落とした。それはいいんだけど,塩コショーがテーブルの周りにスゲー散らばってるんだけど・・・。兄ちゃんが肉を切って断面を見せてくれ,「これでいいですか」と尋ねられた。見ても良く分からないが,一応確認はして,「はい」と答えた。食べてみると,むぅ・・・強火で肉の表面を焼いただけで,中は生ぬるく,口の中がグニュグニュになった。やっぱり前回食べたステーキの方がずっとおいしかった。店員の兄ちゃんに向かって,「ステーキのレアってのはなあ,火の通った生のことだあ!!」と海原雄山風に教えてあげた。心の中で。店員の兄ちゃんは調理が済むと去っていった。兄ちゃんがいなくなったのを確認して,まだ熱い鉄板に肉を押し付けてよく焼き,塩を振った。おおっ!!スゲーうまい。この店肉はいいんだ,肉は・・・。

  隣のテーブルに神奈川県から来た老夫婦が座っていた。若い店員がやはり2人の目の前で調理していたが,夫の方が「おいしいねぇー」「最高」「関東でこんなの食べたらもう大変だよ」と盛んに賛辞を送るが,店員は何のリアクションもなく,男性客の声だけが店内に響いていた。沖縄の人は,たとえ客に対してでも愛想笑いをしないことが多いということを知らないと,恐らく沖縄に対するイメージが悪くなるであろう。あのおじさんは人格者っぽかったが,果たしてどうだっただろう。

  食事を済ませ,7時ごろホテルに戻る。I井さんが,「まだ時間があるので首里城に行こう」と言うが,ホテルのパンフを見ると,首里城の見学は6時までということが分かり,やめる。I井さんが「モノレールの1日券がもったいないので,それじゃ,那覇空港にもう一度行ってみよう」と言い,行くことになる。実は今回の旅行で,那覇空港のATCを録音しようと思い,受信機と一緒にMDも持って来ているのだ。準備して7:20にホテルを出る。空港に着いて,展望デッキに出ようとするが,既に閉まっていた。これもテロを警戒するご時勢故の措置だろうか。仕方が無いので,展望デッキに出る手前の屋内のベンチで録音することにした。・・・が,感度が非常に悪く,満足に受信できたのはウエザーインフォメーションのみであった。この時は,「インフォメーションP」だった。階下のレストラン街で2人でアイスをなめ,9時頃ホテルに戻る。

  ホテル1階のコンビニでオリオンビールとミミガーチップを買う。ホテルの人に見られるとまずいと思ってコンビニの袋を服で隠しながら部屋に戻る。しかしあとでホテル案内を読むと,「売店は1階のコンビニをご利用ください」と書かれていた。ヘンに気を遣ってコソコソ買い物をする必要はなかったのだ。ビールを飲み,風呂に入る。大浴場があるのかと思っていたがそういうものはなく,部屋のユニットバスを使う。ユニットバスを使うのは初めてだ。慣れてないので使いにくい。10:30寝る。


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コメント 4

ばう

いやぁーなつかしいさぁー!
沖縄、石垣の旅を思いだしちゃいましたぁ!
友人と一緒は楽しいけど気を遣うところが難点ですね(笑)
国際通り、公設市場・・・・沖縄の友人と一緒に歩いた事、呑んだ事、
そして翌日に南部を一周するドライブの記憶が蘇ってきました。
また行きたいなー♪
by ばう (2005-05-29 10:00) 

とり

そうなんです。友人と一緒は気を遣うところが難点なんです。さすがに公開記事ですから表現は自粛してますけど,その2ではそのへんのことが更に出てきます。お楽しみに(?)
by とり (2005-05-29 18:32) 

まなぶ

沖縄から羽田空港までいくらくらいかかりますかぁ?
by まなぶ (2005-06-19 13:09) 

とり

まなぶさんへ はじめまして。
沖縄から羽田空港までは正規料金で片道35,000円くらいです。
ただ,往復チケット代と宿泊費込みで2万円台というのがありますから,正規料金を払う気は失せますね。
オイラもよく使うテですが,デパート,百貨店などにも旅行会社のコーナーがありますから,パンフをもらってきて比較してみてはいかがでしょう?
あとはネットとか。
by とり (2005-06-19 16:08) 

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