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山本五十六記念館 [├場所]

新潟県長岡市にある山本五十六記念館。

フロア中央には、旧日本軍 一式陸攻の左翼。

 

それは

あの山本五十六を最後に大空に運んだ翼

あの山本五十六の最後を見つめていた翼

あの山本五十六と同時に最後を迎えた翼

南洋の陽で焼かれ

雨に穿たれ

己の身を削り続けて

彼の人の死から、ずっと時を刻んでいた翼

 

その骨格は、まるでアメ細工のように曲がり、ねじ切られ

長年月の浸食を物語るその翼は

もはや金属には見えず

まるで木か粘土の様

 

それでも

翼いっぱいにはっきりと残る赤い丸

その時それは、「アメリカは敵だ!」という意味だった

時が流れて

日の丸はかすれ

人がそこに付与する意味は変わっても

その翼は、その時代が確かにあったという事実を突きつける 

 

そうして辿った諸々の運命を刻み込んだその翼は

単なる工業製品をはるかに超越し、厳かでさえあり

見る人を厳粛な祈りに似た気持ちにさせるのでした。

 

 

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この記念館から道1本隔てて山本五十六の生家があります。

山本五十六がこの世に生を受けた家と、

この世を去った時の翼が、

時と場所を越えて隣り合っていました。

 

山本五十六記念館   
map  


コメント(18)  トラックバック(0) 
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コメント 18

an-kazu

おっ、館内撮影OKなんですね。
by an-kazu (2008-10-27 07:48) 

アスランマリオ

前日記まで山本五十六が長岡出身だとは知りませんでした。
とりさん日記のおかげでまた一つお利口になりました。サンキュ!
by アスランマリオ (2008-10-27 09:12) 

tooshiba

予約投稿とは思えない時間ですね。(00分なはずなので)
スーパーマンなとりさんは時間を作るのがお上手ですね。

飛行機の残骸、よく回収できましたよね。
陸軍?の意地でしょうか。
戦況末期なら、連合国側が戦利品として奪うならともかく、確実に回収不能だったでしょうに。

駐車場のフィット号が白く輝いていますね。(^。^)
by tooshiba (2008-10-27 11:53) 

hiro78

山本五十六記念館の存在は知っていましたが、
本物の一式陸攻が見られるとは知りませんでした。
絶対行きたくなりました!
by hiro78 (2008-10-27 14:42) 

sak

じぃ~んとしちゃいました。
行ってみたいです。

by sak (2008-10-27 16:40) 

ジョルノ飛曹長

長官はあの零戦よりも劣るP38の餌食になったんですよねー。それがもう悔しくて・・・
当時P38は「ペロハチ」というあだ名で零戦搭乗員からは馬鹿にされていたんですが・・・
やはり数が多いと直援はキツいですね。
by ジョルノ飛曹長 (2008-10-27 16:41) 

miffy

とりさんの見たかったものはこれだったんですね。
by miffy (2008-10-27 17:28) 

赤と青

ふ~む。
by 赤と青 (2008-10-27 17:34) 

コスト

僕も、五十六が長岡出身だったと初めて知りました。
そして五十六は、遺体だけでなく乗っていた機体も回収されて日本に戻っていたなんて。

>この世に生を受けた家と、この世を去った時の翼が、
この最後の文章はいいですね、最初と最後が隣り合うってのはなかなかないですね。

長岡に行ったら寄ってみますね。

by コスト (2008-10-27 17:55) 

masa

山本五十六さん、よく知りませんが
素晴らしい人だったんですね。
無知だった自分が恥ずかしいです・・・
by masa (2008-10-27 18:47) 

おすぷれい26

撃墜時に搭乗していた一式陸攻が日本に戻っていたとは。知りませんでした。こんど長岡に行く時には必ず寄らなくては。
by おすぷれい26 (2008-10-27 19:13) 

まめ助の母

山本元帥が五十六さんと言う名前なのは知っていましたが
長岡の出身だと言うことや空に散った人だとは知りませんでした
小林よりのりのマンガも妹に返したので
wikiでちょっとお勉強しようかしら…
by まめ助の母 (2008-10-27 20:09) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■an-kazuさん
>館内撮影
無条件でオッケーということではなく、各自ご相談ということみたいですよ^^

■アスランマリオさん
いえいえ、オイラこそ師匠からお利口にしてもらってますから~。

■夢空さん
nice! ありがとうございます。

■フェイリンさん
nice! ありがとうございます。

■tooshibaさん
>00分
鋭いですね~^^
実はちょっと予定が変わりまして、スケジュールが少し楽になったんですよ。
週中は仕事、週末は名古屋というパターンになりそうです。
>回収
当館の運営を行っている同郷の市民団体の働きかけにより里帰りが実現したみたいです。

■xml_xslさん
nice! ありがとうございます。

■ぴーすけ君さん
nice! ありがとうございます。

■hiro78さん
おお、ご存知でしたか!
本物に勝るものなし。機会がありましたらお勧めです。

■sakさん
機会がありましたら是非!^^

■ジョルノ飛曹長殿
諸説あるみたいですが、直掩6機対16機 でしょうか? 
ここでも「物量に押し切られる」という形ですね。
米側からしたら、パールハーバーの張本人。終戦直前にわざわざ長岡爆撃するし、凄まじい執念を感じます。

■miffyさん
はい。これでした。

■赤と青さん
いろいろ考えさせられました。

■コストさん
オイラもちょっと前に知って、これは是非見てみなければ。ということでした。
機会がありましたら是非。

■masaさん
いえいえ、オイラも最近知ったばかりですから~。

■Krauseさん
nice! ありがとうございます。

■おすぷれい26さん
是非ご自身の目でお確かめください。

■まめ助の母さん
「戦争論」とかでしょうか^^
>wiki
オイラも見ました。いろいろ載ってますね。
by とり (2008-10-27 21:28) 

セバスちゃん

僕も今月、零戦と出会ったきました。
遊就館ですけど。なんとも考えさせられてしまうのですよ。
こんな僕でも。
by セバスちゃん (2008-10-27 21:40) 

OILMAN

こんにちは。
撃墜された時の機体は回収されていたんですね。
偵察飛行の情報はアメリカ側には完全傍受されていたとか。
先日ちょうどテレビでそんなことを聞いたような気がします。
長岡駅のそばにあったのですね。
一度だけ長岡に行ったことがあるので知ってれば寄りたかったですねえ。

by OILMAN (2008-10-27 21:46) 

ジョルノ飛曹長

本当に悲惨だったのは長官ではなく、長官を守れなかった6機の零戦搭乗員なんですよね^^;
結末を知っているだけにちょっと辛いですね。^^;
by ジョルノ飛曹長 (2008-10-27 23:33) 

qin

あ、機体が回収されていたのは知りませんでした。
ついでに山本元帥と言うと、地元のとある教諭が「やまもとごとろく」と読んで周囲から「このくらい勉強しろ!!」と袋叩きにあったという話が真っ先に頭に出てきます。
確かに地元でこれは悲しいですわね‥(^0^;
by qin (2008-10-30 14:59) 

とり

■+ROSE・P+さん
nice! ありがとうございます。

■セバスちゃんさん
遊就館行かれましたか。
オイラは行ったことないですけど、確かにいろいろ考えさせられそうですね。

■OILMANさん こんにちは。
テレビでそんなことやってましたか。
長岡行かれたことあるんですね。
また機会があるといいですね~。

■カンクリさん
nice! ありがとうございます。

■そらまめさん
nice! ありがとうございます。

■ジョルノ飛曹長殿
>零戦搭乗員
そこまで考えたことなかったです。
オイラのような素人がちょっと考えただけでも辛そうです。

■qinさん
生家のところに、「長岡が生んだ最大の偉人」のようなことが書かれてました。
「やまもとごとろく」はマズイですね^^;

■picaさん
nice! ありがとうございます。
by とり (2008-11-03 13:39) 

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