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宇佐飛行場(宇佐海軍航空隊)跡地 [├空港]

 2009年10月 訪問 

城井.png

大分県宇佐市の日豊本線と宇佐市役所にはさまれたエリアにはかつて宇佐飛行場があり、

掩体壕など様々な遺跡が残っています。


A地点

 

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宇佐市指定史跡になっており、整備されている「城井一号掩体壕 」。

案内標識もあり、探しやすいです。

ご覧の通り、駐車場、トイレ完備。奥にB地点の掩体壕が見えます。

 

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国東半島杵築沖で地引網にかかり引き上げられた零戦のエンジンとプロペラが展示されています。

この掩体壕は元々零戦用のものだったそうです。

 

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ぼろぼろのプロペラ

 

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天井アップ。かなり凸凹していて、足跡らしきものがいくつもありました。

 

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掩体壕の床面には、格納状態を示す零戦原寸大の線が引かれてました。

 

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全国から参集した154人の若者がここから沖縄の空に散っていきました。

154名の特攻隊員の氏名、出身地が刻まれています。

 

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特攻隊が飛び立っていくのを手を振って見送った人々をイメージして造られたモニュメントなのだそうです。

 


B地点


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一号掩体のすぐ近くにある掩体。

 

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農機具置き場になってますね。

 


C地点

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1号掩体からそれほど離れておらず、周辺は車一台がやっと通れる道なので、徒歩がよいかもしれません。

1号掩体から南東方向を眺めると、ポコッと掩体の背中が見えます。

私有地内にあり、ご自宅を訪ねたところ、快く撮影許可いただきました。

掩体入り口部分にひさしが付けられ、カーポートになっています。

 


D地点 (コの字型無蓋掩体壕跡かと思ったのですが、確認できないため掲載中止)


E地点

県道629号線 教覚寺入口の交差点から北に200mほど行くとあります。

D20_0156.jpg

こちらも地図を頼りに探しました。「中型有蓋掩体壕」。デカイです。開口部隣に民家があります。

許可をいただこうと訪問したのですが、あいにくお留守だったので道路側から撮影。

 

D20_0166.jpg

オイラが今回探すことができた掩体壕はD地点の未確認のものも含めて5コだけだったのですが、全部で10コ現存するそうです。

 


F地点

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一号掩体のところにもありましたが、こちらの滑走路跡にも

特攻隊が飛び立っていくのを手を振って見送った人々をイメージして造られたモニュメントが並んでいます。

 

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「フラワーロード南北2号線」

当時の滑走路跡です。と書かれてました。

 

D20_0078.jpg


G地点(○g は案内板の位置)

 

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県道629号線沿いに標識があります。

左右に広大な田んぼが広がる道を進みます。

県道から二つ目の高圧線鉄塔の手前の道を右折して少し進むと・・・

 

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こんな場所に出ます。奥に白い棒が見えますね。

 

D20_0092.jpg

杭の片面にこんな説明が。
「この大きな穴は、米軍機から落とされた爆弾によりできたものです。水がたまることから爆弾池と呼ばれています。基地跡には、このような穴がたくさんあり、終戦後に元の水田に返されました。しかしこの穴だけは、「悲惨な戦争の想いを後世に語継ぐ」という所有者の強い思いから、その後の場整備事業でも埋められることなく残されています。」

方形の水田の角に丸い穴があるので、機械化農業には大変な支障だと思います。

毎年毎年手間を惜しまずに池を残し続けておられる農家の方には頭が下がります。

 


H地点(○hは案内板の位置)

D20_0126.jpg

県道629号線 爆弾池の標識からさらに東に進むと、こんな標識があります。

ところがここから先の案内がないんですよ。

結局二つしか見つけられず・・・。

見取り図を作ったのですが、自宅で地図とつき合わせてみたらうまく照合できませんでした。

混乱の元なので地図の掲載はやめておきます。

 

D20_0115.jpg

多分これが「通信室」ではないかと。

 

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住宅密集地にある「レンガ建物」。

パラシュート工場だったのだそうです。

壁には生々しい機銃掃射の跡が残っています。

 

D20_0120.jpg

 


I地点

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柳ヶ浦小学校の低いコンクリート製の壁に幾つも弾痕が残っています。

 

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特に説明はありませんでしたが、宇佐海軍航空隊の隊門。

浄化槽の埋設工事の際、当時隊門があった付近で掘り当てられたのだそうです。

 

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子供たちの元気な声が響いてました。

 

宇佐飛行場跡地

 


     大分県・宇佐飛行場跡地    

宇佐飛行場 データ
設置管理者:旧海軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:大分県宇佐市柳ヶ浦 他
座 標:N33°32′55″E131°20′34″
面 積:150ha
滑走路:1,800m×80m
磁方位:18/36
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1939年10月01日 宇佐海軍航空隊が練習航空隊として開隊
1943年07月09日 一般人、学徒の勤労奉仕隊により無蓋掩体壕作り始まる
1945年02月11日 宮崎県赤江基地(現・宮崎空港)より、雷神部隊(人間爆弾「桜花」による特攻隊)
              が約30機の「一式陸攻」で移動してくる
      03月01日 宇佐航空隊が作戦部隊に
      03月18日 艦載機による初空襲を受ける
      04月01日 宇佐航空隊の保有機157機、隊員2,486名
      04月02日 特攻隊第1次隊が南九州の串良基地などに進出、以降16日まで、第2、3次と進出
      04月21日 B-29による空襲、壊滅的被害 以降、4/26 5/7,10,14 8/8にも空襲
      05月05日 宇佐航空隊解隊 西海海軍航空隊宇佐基地となる(残存機26) 

戦後は水田、住宅地が広がる

関連サイト:
大分県/城井一号掩体壕→  
Wiki/宇佐海軍航空隊→  
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コメント 24

sak

掩体壕によって整備されているものやそのまま使われているもの
戦後の歴史はいろいろですね
でもこんなにたくさんの戦争遺跡が残されているなんて知らなかったです
戦争の傷跡と言うと広島・長崎・沖縄って思ってしまうけど
日本各地にもあったんだと言うこと改めて...
by sak (2010-02-08 08:30) 

Qoo

戦争の傷跡が今でもくっきりと残されているんですね
悲惨な戦争を二度と繰り返さないためにも
必要ですね
僕も一度目にしてみたいと思いました

by Qoo (2010-02-08 18:15) 

コスト

>地引網 こんな発見のされ方ってあるんですね^^;
>農機具置き場 これは高知と同じでよくある利用され方ですねw
特攻隊は出身地は東京や長野の方もいますから、全国各地なんですね・・。

C地点の写真の掩体壕は稲?でしょうか?めっちゃ生い茂ってますが、
終戦から平和な時代を感じさせますね。
B地点の赤いコスモスの奥に掩体壕が見える写真はすごくいいですね☆
nice!

by コスト (2010-02-08 20:08) 

OILMAN

こんにちは。
戦争の爪あとを今に残しておくというのは大変な苦労があるでしょうが、特に爆弾池は衝撃的なインパクトを受けました。
空からたくさんの爆弾によって大変な被害を受けたであろう当時の様子を想像すると、戦争は絶対に起こしてはいけないと強く思いますね。
by OILMAN (2010-02-08 20:55) 

miffy

柳ヶ浦周辺にこんなにたくさんの掩体壕や戦争の傷跡があったんですね。
全然知りませんでした。
by miffy (2010-02-08 21:08) 

hiro78

ここまでの保存には頭が下がります。

by hiro78 (2010-02-08 21:39) 

Takashi

B地点の最初の写真、いいですね~
自然と同化しつつありますが、このまま残してほしいですね。
by Takashi (2010-02-08 22:17) 

ムク

154名の特攻隊員・・・。
涙が出てきます。若くして命を落とさなければならなかった
青年たちの親の立場になってしまいます。

by ムク (2010-02-08 23:42) 

tooshiba

(例えば某政権の連立与党である政党のような)薄っぺらい反戦運動よりも、現実に酷い目に遭った方の記憶だったり、歴史の証人として残されているブツが放つオーラは、見る者にズバッと直球で語りかけてきますね。
とりさんも、受け止めるのは大変だったのでは?
by tooshiba (2010-02-09 00:17) 

pica

爆弾池、せつないですね…。
せつないけど、永久に残してほしいと心から思います。
by pica (2010-02-09 01:44) 

ジョルノ飛曹長

ペラだけがおいてある掩体壕は寂しいものがありますね^^
爆弾池はよく埋まらずに残っているな〜と感心です。
by ジョルノ飛曹長 (2010-02-09 12:51) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■sakさん
仰る通りですね。こんなに全国に残っているのだと驚いています。
すぐ思い出す場所以外でもたくさんの方が苦労された歴史があるのですね。

■Qooさん
語り部は少なくなってしまう一方ですから、こういうものを大切に残して行って欲しいです。

■コストさん
漁師さんはビックリしたでしょうね~。
パイロットは無事だったんでしょうか・・・。
>農機具置き場
今のところこれが最も多いパターンかもしれません。
>稲?
さあ? オイラ見ても分からないんですよ^^;
なんでしょうか???

■OILMANさん こんにちは。
爆弾池なんてものがあるんですね~。
オイラも初めて見てビックリでした。
実物が伝える迫力ってありますよね。
保存しておられる方には頭が下がります。

■miffyさん
オイラもつい最近知ったばかりなんですけど、ここはたくさん残ってますね。
というか、九州はものすごく残っててすごい場所なんだと気がつきつつあります。

■hiro78さん
同感ですm(_ _)m

■Takashiさん
どうもありがとうございます。
このまま残して欲しいですね。

■ムクさん
この記事、泣きながら作りました。

■tooshibaさん
仰る通りで、連日こういうものを見学したのですっかり重い気分になりました。
結構気力が要ります。

■picaさん
そうですね~。残って欲しいです。

■ジョルノ飛曹長さん
爆弾池、本当によく埋まらないものですね。
不思議です。
by とり (2010-02-09 18:31) 

an-kazu

大分へ行くことがあったら、是非私も訪れてみたいものです!
by an-kazu (2010-02-09 23:07) 

me-co

感心しました+。+
凄く大切に保存しているのですね・・・爆弾の落ちた跡を圃場整備から外すなど、あまり聞いたことが無いです。<通常は、ええいっ!とやってしまいますよ。
by me-co (2010-02-10 01:00) 

とり

■an-kazuさん
ここはan-kazuさんご専門の遺構だらけですからね。
今回オイラが発見できなかった分も是非見つけてください^^

■me-coさん
>ええいっ!
そうなんですか。
しっかりとした意思がないと残りませんよね。
by とり (2010-02-10 06:24) 

カンクリ

本当にもうとりさんの探索熱心さには、頭が下がります・・。
by カンクリ (2010-02-10 23:17) 

春分

私は一般人なので、宇佐と聞くとやはり特攻しか思い浮かびません。
良くも悪くも戦争の跡というようなことだけではない魂の場所ではあります。
悪くはって言うのは、変に盛り上がりすぎる人がいることへの警戒ですが。
いいものを見ることができました。でもきちんと残せるのか、残すべきなのか。
by 春分 (2010-02-11 15:57) 

とり

■カンクリさん
いいんですよー。正直に「モノズキ」で。(o ̄∇ ̄o)

■春分さん
>警戒
同感です。現在当ブログは戦史モノの比率が上がってますが、
コメントが全体的にそういう方向に流れてしまったら、掲載中止しようと思ってます。
by とり (2010-02-13 08:25) 

えふぅ

宇佐に行ってきました。時間があまりなく細かく見れなかったんで
とても助かりました。
滑走路跡地を夕暮れ時、海に向かって走ってる時、65年前に
この景色を最後に見て飛び立って行った若者たちのことを思い
胸が詰まる思いでした。
くわしく書いておられましたので自分のブログでご紹介させて
頂きました。まずいようでしたらお伝え下さい。

前に硫黄島に行ったときの話も書いてます。
よろしかったらご覧下さい。


by えふぅ (2010-12-02 15:11) 

とり

■えふぅさん いらっしゃいませ^^
返事が遅くなりました。
紹介の件は問題なしですよ。ご丁寧にありがとうございました。
改めて記事を見返してみたら…分かり難いですね。
きっと解読にご苦労されたと思いますm(_ _)m
>最後に見て
同じこと思い辛くなりました。
by とり (2010-12-05 06:18) 

えふぅ

コメントありがとうございます。これからもちょくちょく見させていただきます。
えふぅ

by えふぅ (2010-12-05 09:18) 

とり

■えふぅさん
コメントありがとうございました。
こちらこそ宜しくお願い致します。
by とり (2010-12-07 20:15) 

アンズ

初めまして

大分に帰省した時 母から
飛行場だったんだよってきいて 行ってきた後
ブログに載せようと思って 検索でお邪魔したものです^^

こんな詳しくあるなら
行ってみたかったけど
残念ながら 滑走路跡しかみてきませんでしたぁ

こんなにあったんですね~

また 帰省した時にみてきます^^

勝手にリンクさせていただきました。
ご迷惑なら消去させていただきますので
ご一報お願いします┏○))ペコ

本当にこんなことが二度とありませんように。
心が苦しくなりますが
事実。
本当にこんなことがおこらないように・・
by アンズ (2011-08-22 17:14) 

とり

アンズさん
>二度とありませんように。
同感です。
リンクオッケーですよ。ご紹介ありがとうございました。
アンズさんのブログお邪魔して記事拝見させていただきました。
コメント残せずみませんm(_ _)m


by とり (2011-08-23 19:00) 

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