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雫石・全日空機、自衛隊機 衝突事故現場 [├場所]

 2009年9月 訪問 

日本の航空史上、決して忘れることのできない場所、岩手県雫石。

昭和46年7月30日に全日空機と自衛隊機が当地上空で衝突するという大事故が起きてしまいました。

現場には「慰霊の森」が整備されています。

御所湖(ごしょこ)というダム湖沿いの道に「慰霊の森」への標識が出ていました。

標識に従って山道に入って行く一本道へ。

 

D20_0030.jpg

山道に入ってすぐの所に案内板がありました。

赤の文字は、衝突してバラバラになった機体がどこに落下したかを示しています。

相当広範囲に広がっていることに驚きました。

 

D20_0007.jpg

一本道をどんどん進んで行くと、やがてこんな場所に出ました。

ここから未舗装です。

轍は続いていますが、オイラの車ではとても通れそうもありません。

ここに車を置いて徒歩で行くことに。

標識が全くないのが気になるのですが・・・

時刻は午前5:40。木々に遮られてまだまだ薄暗いです。

熊や蛇が出やしないかと心配しながら入っていきました。

5分位進んだところで、資材置き場に行く手を阻まれてしまいました。

とても「慰霊の森」という雰囲気ではありません。

「???」と思いながら仕方なく引き返すことに。

 

D20_0028.jpg

なんと一本道の途中に「慰霊の森」に通じる登口がありました。

オイラはこれに気付かずに先に進んでしまっていたのでした。

湖から標識に従って山の中の一本道を進んで右側です。行かれる方はご注意を。

 

D20_0009.jpg

 

D20_0013.jpg

 

D20_0010.jpg

航空安全祈念の塔:「内閣総理大臣 三木武夫書」と書かれていました。

 

D20_0017.jpg

現場にあった碑文
(一部抜粋) とき 昭和四十六年七月三十日午後二時五分頃 緑の山々に囲まれた 平和で豊かな田園のまち ここ雫石の空に突如轟音とともに全日空機五八便七二七型機と航空自衛隊第一航空団松島派遣隊所属F八六Fジェット戦闘機の空中衝突事故が発生 北海道からの帰途 乗客一六二名の尊い命が一瞬にしてつゆあけの夏空に散った 世界民間航空史上最大の事故といわれ 国内は勿論 世界の人心を驚愕させた惨状は実に筆舌に尽し難く 山気溢れるなかで遺体の捜索は困難を極め 肉親を求める悲しき遺族の叫びは ここ岩名目山の森にこだましてさながら地獄の様相を呈し 只唖然と涙さえ枯れ果てたあの生々しき悪夢は忘れることができない これら多くの人々を恐怖と悲しみの渕に沈めた惨事は発生以来岩手県 雫石町 盛岡市をはじめ静岡県 富士市 関係諸機関 地域住民すべての人々の涙ぐましい善意と人間愛に満ちた犠牲的奉仕の姿は 永久に遺族の胸中から消えさせることはない 昭和四十七年七月三十日 全日空機遭難者遺族会

 

D20_0023.jpg

「慰霊の森」より:

 

所在地:岩手県岩手郡雫石町西安庭第47地割
:map  

関連サイト:
Wiki/全日空機雫石衝突事故 


コメント(16)  トラックバック(0) 

コメント 16

me-co

自分が何となく思っていた場所と違う場所=結構、町に近いところだったんですね・・・
ところで先ほど、センパイから「持っていた日航株が紙クズになったー」と悲痛な叫びがありました・・・(--;
by me-co (2010-01-14 01:28) 

yatoho

とりさん おはようございます。

空が!空が!きれいです!
「お~~い雲よ!どこまで行くんか?」って叫んでみたくなりますね^^

by yatoho (2010-01-14 11:06) 

ジョルノ飛曹長

今では考えられないような衝突事故ですよねー。
セイバーの搭載レーダーに727の機影は写らなかったのかな??
ってセイバーってレーダー積んで無かったかも・・^^;
by ジョルノ飛曹長 (2010-01-14 17:40) 

masa

車が通れないと徒歩でも探索されるのですね。
その根性素晴らしいです。
私ならきっと諦めて帰ってしまうことでしょう・・・
by masa (2010-01-14 20:03) 

miffy

この事故機は父の知り合いが操縦してたそうです。
私はまだ小さかったので全然知りませんでしたが・・・
by miffy (2010-01-14 20:25) 

OILMAN

こんにちは。
過去にこんな悲惨な事故が事故があったなんて知りませんでした。
時々飛行機を利用しますが、乗ってしまえば乗客は何もできませんから空は常に安全であって欲しいと願うばかりです。
by OILMAN (2010-01-14 23:18) 

北宇のピューマ

本当に痛ましい惨事でしたね。御巣鷹山とともにこの「慰霊の森」も必ずいつか訪れたい場所の一つです。
しかしこれ以来同様の衝突事故が起きていないのは、「この時の教訓がしっかり生かされて改善された為」ということなんでしょうね。今日の空の安全は大変な犠牲の上に成り立っているという事を改めて感じさせられます。
by 北宇のピューマ (2010-01-14 23:23) 

tooshiba

合掌。合掌。
それから14年後に、ジャンボ機が墜落して520名が亡くなりました。
なんで、我が国でばかり、記録的な事故が起こるのか・・・○| ̄|_
合掌。合掌。
by tooshiba (2010-01-15 00:47) 

Takashi

こういった慰霊碑は、いつまでも大切に残して欲しいですね。
by Takashi (2010-01-15 12:38) 

sak

こんな悲惨な航空事故があったのですね
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします
by sak (2010-01-15 20:22) 

まめ助の母

航空事故というと最近では日航機の事件が毎年報道されますが
私がまだニュースなどに興味を持たないほど昔に
そんな痛ましい事故があったのですね…
一度に百の単位で人が亡くなるなんて…と思うといたたまれないです
事故にしても事件にしても天災にしても…

安らかにお眠りください…
by まめ助の母 (2010-01-15 22:03) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■me-coさん
確かに山奥というイメージ、オイラもありました。
>紙クズ
業績が持ち直したらまた価値が出るんでしょうか??
出るといいですね・・・。

■yatohoさん おはようございます。
こんなに悲しいことがあった場所なのにとってもキレイな空が広がってました。

■ジョルノ飛曹長さん
レーダーついてないかもですか(@_@)
確かに調べてみると今では考えられないような出来事ですよね。

■masaさん
オイラ執念深いですから。

■miffyさん
そんな繫がりがあったのですか。
どっちが悪いとかでなく、空域運用方法、航空管制システム、ジェット化移行といった全体を含めてまだまだ未整備の部分が多かったみたいですね。当時の報道では自衛隊が一方的に悪者にされたみたいですが・・・。

■OILMANさん こんにちは。
「大規模な事故」というとどうしても御巣鷹山に焦点が当たってしまいますよね。
本当に乗客は何もできませんから安全であって欲しいと思います。

■北宇のピューマさん
>大変な犠牲の上に
仰るとおりですね。悲惨な事故でしたが、そうやって教訓に生かしていって欲しいです。
ここは現在の北宇のピューマさんのご自宅より遠くなってしまいましたね。
話は変わりますが、ソネフォトのお知らせご覧になりましたでしょうか。
いよいよソネブロデビューでしょうか。

■tooshibaさん
>14年後
言われてみると、たった14年後なんですね。
どうしてもJAL機の方にばかり話がいってしまって、
こちらは完全に過去のものとして忘れ去れらつつありますが教訓として生かし続けて欲しいです。

■Takashiさん
同感です。
地元の方、全日空の方が整備しておられるらしいですよ。

■sakさん
一般的には遠い過去の記憶になってしまいましたが、
管制官、パイロットの卵やベテランの方の中にも訪れる方がおられるらしいです。

■まめ助の母さん
>毎年報道
tooshibaさんが指摘しておられますが、両方の事故は14年しか違わないんですが、
現在の取り扱い方には天と地ほどの差がありますね。
どちらも悲惨な事故には変わりないのですがこの差はなんだろう・・・と考えてしまいます。
by とり (2010-01-16 06:18) 

コスト

これも初めて知りました。
Wikiをじっくり読みましたが、当時はレーダー管制システムが
まだ確立してなかったんですね。
御巣鷹山が知られていますが、それ以外にも大事故があったのですね
勉強になりました。これも価値ある記事です。
ご冥福を祈ります
by コスト (2010-01-17 11:42) 

とり

■コストさん
どうしても御巣鷹に焦点が集まって、こちらはほとんど知られてませんよね。
>当時はレーダー管制システムがまだ確立してなかった
どっちが悪いとかではなく、それが問題だったのだと思ってます。
by とり (2010-01-17 19:14) 

あのねのね

自衛隊さ〜ん。実戦で何の役にも立たないのはともかく。仲間の飛行機に特攻しちゃいけないよ。一応、日本の空を守る名目で組織されたんだから。
by あのねのね (2013-07-17 03:52) 

とり

■あのねのねさん
「仲間の飛行機に特攻」と仰っていますが、あの事故は全日空機が自衛隊機にぶつかりに行った形で発生しています。
判決での責任割合もそれなりに下されています。
あのねのねさんの表現を借りれば、「全日空機による特攻」となってしまいます。
もっとも、当時の実情をお調べになってみれば、「特攻」という表現には当たらないことがご理解頂けるはずです。
各地で発生する自然災害の際、自衛隊による献身的な救助活動が行われていますが、
お互い明日は我が身とならないとよいですね。
by とり (2013-07-17 17:50) 

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