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新田原飛行場 [├空港]

 2009年10月 訪問 

新田原.png

宮崎県の航空自衛隊新田原基地はかつて陸軍新田原飛行場でした。

ここには有蓋掩体壕が4基現存しています。

上の図は基地と掩体壕の位置関係。

基地南側の外周道路からポコポコと見えます。

外周道路は狭く、車同士がすれ違うポイントが制限されてます。

地元車はよく心得ていて、かなり手前で延々待っていてくれる場合があり、要注意でした。

2017/3/19追記:防衛研究所収蔵資料「第四十一航空地区飛行場記録 昭和二十年九月二十日(陸空-本土周辺-114)」

の中で、当飛行場についての非常に詳細な記述がありましたので、引用させて頂きます。

判決 自重十五屯以下の飛行機の使用に適す
飛行地区
 滑走地区 一二〇〇x一〇〇 約二十糎のコンクリートマガダム舗装
 舗装路 七〇〇x五〇 約十糎のコンクリートマガダム舗装
 土質 粘質壊土
 地表面の状況 舗装路外は張芝にて地耐力可なるも既設陣地あり着陸困難なり
 周辺障碍物の有無 なし
付属地区
 誘導路 なし
 宿営 三角兵舎二十棟(五〇〇名収容可)但し八月二十六日暴風に依り大部破損す
 夜間着陸設備 なし
 動力線 なし
 電燈線 前頃兵舎に配線ありしも暴風に依り大部分切損す
 給水 井戸は十六を有するも冬期に於て水量少なり
其の他
主風向 西北風但し海陸風の影響大なり


西側から勝手に番号をつけました。順番にアップします。


1番目の掩体壕 

D20_0265.jpg

開口部が北北東を向いており、外周道路から見るとほぼ正面に口を開けてます。

 

D20_0254.jpg

ここの掩体壕、開口部がみんなきれいな弧を描いてました。

陸軍型ですね。

ご覧の通り前には広々とした草原が広がっており、ステージのような不思議な場所でした。

 

D20_0251.jpg

内部の様子

 

D20_0253.jpg

 


2番目の掩体壕

D20_0275.jpg

東北東を向いている2番目の掩体。

1番目の掩体の場所から丸い背中が見えました。

 

D20_0270.jpg

他の掩体が開口部に直接軽トラで乗り付けて荷物の積み下ろしができるのに対し、

この掩体だけは前が畑になっているのでオイラは近寄れませんでした。

畑に入ってしまわないように慎重に。

 

D20_0280.jpg

奥に見えているのは1番目の掩体。

 


3番目の掩体壕

D20_0318.jpg

外周道路から見たところ。

 

D20_0315.jpg

東南東を向いている3番目の掩体

 

D20_0310.jpg

ロールがいっぱい入ってました。

 

D20_0317.jpg

 


4番目の掩体壕

D20_0289.jpg

北北東を向いている4番目の掩体。

 

D20_0292.jpg

こちらは柵が設けてあって内部に入れないようになってました。

 

D20_0293.jpg

 

D20_0296.jpg

 

新田原飛行場:map  


     宮崎県・新田原飛行場    

新田原飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:宮崎県児湯郡新富町大字新田19581
標 点:N32°05′01″E131°27′05″
標 高:79m
磁方位:10/28

沿革
1937年 春頃 飛行場建設が村に対して内々に打診される
1938年 04月22日県から村助役に対し、新田原一帯を陸軍飛行場とするため本年度から工事着手決定と伝えられる
      23日 地主会招集
      24日 新田原村長名で予定地の作付け中止通知依頼。
      憲兵分駐所長、特高主任出席の下第一回土地買収委員会開催
1939年 01月09日 宮崎県、第六師団経理部から整地工事の委託を受ける
      01月30日 県、正式受諾
      02月01日 着工
1940年 07月17日 熊谷陸軍飛行学校新田原分教場開設
      10月01日 大刀洗陸軍飛行学校新田原分教場となる
1945年 終戦
1947年 農林省に所管換え、開拓農地として民間に払い下げられる
1957年 航空自衛隊新田原基地開設が決定される
1958年 滑走路完成

終戦で一旦農地になり、その後再び飛行場に戻っています。こういうケースもあるのですね。
そんな経緯もあり、古い地図と比較してみたのですが、もしかしたら陸軍時代の滑走路と現在の空自の滑走路、位置が少し異なっているかもしれません。
(滑走路の方向は変わっていないようですが・・・)

関連サイト:
Wiki/新田原基地  
国土地理院 1947年1月当時の写真(USA M25A-20 43) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   
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この記事の資料:
防衛研究所収蔵資料「第四十一航空地区飛行場記録 昭和二十年九月二十日(陸空-本土周辺-114)」


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