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熊谷~大幡・後編 [├雑談]

熊谷全図b.PNG

前回の続きです。

高崎線の線路を越えました。

 

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(H地点)

向こうに見えるのが、前回オイラが立っていた山。

で、「クマガヤ」という刈り込みを撮ろうと正面に回り込んだのですが、

若いカップルがはぐはぐしてましたΣ(゚Д゚;)

こんな人気のない所に自転車が2台並んでいたので嫌な予感がしたのですが・・・

気付かずに撮ってたら、「ナニ撮ってんだこの野郎!」と殴られそうです。

道理で暑い訳だよ・・・

 

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高崎線を越える辺りから、熊谷線時代の柵が続いてました。

 

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再び「かめのみち」再開。

 

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ぐあー!

 

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(I地点) 

17号で「かめのみち」は一旦途切れます。

この道路は仕事のコースで何年も走っていたのですが、

こんないわくのある交差点だったとは夢にも思いませんでした。

 

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17号手前にあった分岐点の道しるべ

 

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これも17号手前にありました。

 

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17号を渡ると再び「かめのみち」が始まります。

 

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(J地点)

とっても立派な有料老人ホームの横を通り・・・

 

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(K地点)

農業高校の実習地を通り・・・

この周辺は田舎の香水の香りがします^^

 

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途中、こんな看板が。

〔かめのみちの由来〕 「かめのみち」の通称は、東武鉄道熊谷線が<かめ号>の名で親しまれていたことから、<かめ>のイメージである「ゆっくり歩く、長生き」を取り入れ、市民の皆さんがゆっくり歩いて楽しく語らえる”みち”づくりを進めるため名付けられました。

コレが「亀」が使われている理由でした~。

流石に「特急」という言葉は封印してますね。

意味不明になっちゃいますからね^^;

 

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(L地点・このポイントはちょっとズレてるかもしれません)

キレイに整備された遊歩道はここまで。

 

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砂利道区間が続き・・・

 

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(M地点)

ここから整備された道路が続いてました。

 

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この付近では小学生の子供たちが何人も遊んでました。

もうすぐお昼だよ~。

お腹空かないの~?

 

終戦間近の時期、熊谷線沿線にも米軍機がよく現れたのだそうです。

結局熊谷線が実害を被ることはなかったのですが、

走行中に米軍機に気付いた運転手は、木陰に停車して身を隠すなどしたのだそうです。

すごいですね。敵機に隠れながらの運行なんて想像もつきません。

 

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田んぼで見つけた東武杭三連発

 

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(N地点)

中学校通過~

 

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(O地点)

前回アイスを食べて引き上げたセブン通過~(どうでもいい情報)。

前回車で来た時は、この先をちゃんと見てなかったので行ってみます。

 

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セブンの道を越して・・・

 

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(P地点)

それまで同じ幅の整備された道が続いていたのですが、ここで急に線路の柵が現れ、幅が広がっています。

 

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道の東側。こちらも同様に柵で幅が広がってます。

少し先には17号バイパスが。

ここが大幡駅跡のようです。

熊谷線営業当時、熊谷-上熊谷-大幡ときて、次は終点妻沼でした。

 

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柵で幅が広がった箇所は17号バイパスのすぐ近くまで続いてました。

想像してたのよりずっと広いです。

 

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12:15 熊谷をスタートして2時間15分経過。

これでまがりなりにも熊谷線跡を全部見ることができました。

熊谷駅に戻ることに。

もー足痛い。帰りは最短距離で戻るために一般道。

 

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13:12 熊谷に戻ってきました~。

途中、熊谷行きのバス停があったので乗ろうかと思ったのですが、

歩いている間についてしまう時間だったので結局歩きました。

疲れた~。

駅では、「ファィトー イッパーツ!」という大きな掛け声と共に、某ドリンク剤の無料試飲会をやってました。

ホームで冷やしワカメソバを食し、15:25 自宅に戻りました。

結局1日かかってしまいました。

 

廃線から20年経ちますが、「ここに熊谷線が走っていた。」という証はまだまだ残ってました。

これで「群馬・埼玉 強化月間」は終了です。

ご乗車いただきまして、まことにありがとうございました<(`・ω・´)


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