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東武小泉線西小泉駅 [├雑談]

今回とその次の記事は、今までに書いたものとアチコチ重複してますが、

実際に見て歩いた記事です。

ご了承くださいませ。m(_ _)m

 

熊谷中.PNG

以前書いた記事→でこんな図を載せました。

今回はその続き? です。

 

熊谷せんb.PNG

<前回のあらすじ>

熊谷から中島飛行機工場への要員、資材を運ぶために軍の要請で熊谷線を建設。

一期工事(黒線部分)は完成し、続けて二期工事(赤線部分)に取り掛かったのですが、

終戦で工事は中断してしまったのでした。

 

で、今回は利根川を渡った上の方を見て来たのでした。

図の上部分を拡大すると・・・

 

西小泉.PNG

こんなです。

上の方に「西小泉駅」がありますね?

西小泉駅はかつて小泉製作所(現在の三洋電機工場)の玄関駅でした。

駅の周りを徘徊してきました。

 

D20_0041.jpg

西小泉駅:

1940年12月頃 東武鉄道が小泉製作所の従業員輸送のため、小泉線着工

1941年6月 太田から小泉まで開通 翌年12月に西小泉駅を新設。

1日32回運行したのだそうです。

 

現在はのんびりした雰囲気の駅でした。

駅舎にふらふら入っていったら、いきなり「乗りますか?」と駅員さんから大声で聞かれましたΣ(゚Д゚;)

「乗らないデス」と応えると、駅員さんは合図を送って電車のドアが閉まりました。

まぎらわしいタイミングで駅に入っちゃいましたorz

 

D20_0036.jpg

東武線沿線に住んでますが、東上線以外の東武線を間近でちゃんと見るのは熊谷線以来。

ちゃんと同じカラーだぁ! と感動。

 

D20_0032.jpg

 

D20_0039.jpg

駅前ロータリー

バス停の行き先にご注目ください。

熊谷とここをつなげたい。というのは戦時中からの悲願だったわけですが、

ちゃんとバスでつながってました。

 

D20_0040.jpg

この本数を見る限りでは、鉄道の実現は厳しいのかな。

 

D20_0042.jpg

地域事情を反映して、あちこちに外国人向けの表示がありました。

ところでですね・・・

 

西小泉a.PNG

*詳しい資料を見つけられなかったため、おおよそです。(特に終点部分)ご了承くださいませ。

これは先ほどの図に書き加えたものですが、

1976年10月まで、西小泉駅から「仙石河岸線」という、図の黒線で示した貨物線が伸びてました。

今から33年前まで、西小泉駅からさらに線路は続いていたわけです。

そして熊谷線の二期工事は、「この既存線を利用して妻沼と西小泉を接続しよう」。という計画だったのでした。

以前も書きましたが、二期工事完成目前で終戦を迎えたため、しばらくの間利根川に橋脚が残っていて、

で、ちょっと前に書いた「1つだけ残った橋脚」の話→につながります。

(残った橋脚は、図ののちょっと上のあたり)

 

話がアチコチで申し訳ありませんが、西小泉駅周辺で、消えてしまった貨物線の名残を探してみました。

(つづきます)


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