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宮崎(宮崎ブーゲンビリア)空港 [├空港]

 2006年10月 訪問 

JR日南線が空港に乗り入れてました。

 

ヤシの木がたくさんあって、南国っぽい雰囲気の宮崎空港(曇りなのが残念)。

 

 

偉い!

 

見学しやすいデッキでした。

 

 

 

ご当地のヒコーキ。 

 

滑走路の向かい側に航空大学校。

 

 

ターミナル内部は広々として華やかな感じでした。

 

 

 

空港の西側に公園がありました。

 

 撮影ポイントを探してうろうろしたのですが、滑走路の西側は、かなり滑走路近くまで近づけますし、

ポイントは何箇所もありました。

地元の方のサイトで、頭上を通過するヒコーキの迫力のある絵が撮られてました。

(オイラは失敗して撮れませんでした)

 

 

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 佐世保鎮守府航空基地現状表」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:宮崎 建設ノ年:1943 飛行場 長x幅 米:1500x100x2コンクリート 主要機隊数:中型5.0 主任務:作戦 隧道竝ニ地下施設:居住、電信所、燃料庫、爆弾庫、倉庫、工業場、魚雷同時調8本、同格納庫84本 掩体:中型有蓋7 中型無蓋37 小型有蓋7

宮崎空港:map  


       宮崎県・宮崎空港    

    ビュー:☆☆☆☆★  
展望デッキ:最近無料に。フェンスは低く、広々としていて非常に見やすい
便数多い

    施設:☆☆☆★★  
案内表示分かりやすい
売店、レストランすごい充実振り
本屋、おもちゃ屋、ヒコーキグッズ、オリジナルスイーツ、熊本鮮馬刺し、博多からしめんたい、空弁など
大きな有料駐車場有。事前支払いで10分サービス。
空港整備公園あり
鉄道が接続している。運行本数も多い

    マニア度:☆☆★★★  
航空大学校

    総合:☆☆☆★★  

宮崎市の郊外で原っぱが多い。
東側の滑走路は海に突き出しているが、場周道路は関係者以外立ち入り禁止で通れず。残念。
保安上の問題もあるだろうけれど、是非海側に行けるようにして欲しい
追記:ターミナル側から行こうとすると上記の通りですが、滑走路をはさんで向かい側の、航空大学校側からなら砂浜に行けるのだそうです。(情報提供:アスランマリオさん)

宮崎空港データ
設置管理者:国土交通省
3レター:KMI
4レター:RJFM
空港種別:拠点空港/国管理空港
運用時間:7:30~21:30
所在地:宮崎県宮崎市赤江
標 点:N31°52′38″E131°26′55″
標 高:5.9m
面 積:177ha
滑走路:
1,280mx160m、1,200mx80m 「日本海軍航空史」(終戦時)より
現在:2,500m×45m
磁方位:09/27
航空管制周波数
・飛行場管制 
 宮崎タワー 118.30 123.60 126.20
 宮崎グランド 121.90
・進入・ターミナルレーダー管制
 宮崎アプローチ 120.10 120.90 121.40 123.60
 宮崎ディパーチャー 120.10 123.60
・航空路管制
 福岡コントロール(南九州東セクター)133.30 132.60
・飛行場情報放送 
 宮崎ATIS 126.80
・TCAアドバイザリー
 宮崎TCA 121.25

沿革
1940年末    海軍省調査団による赤江飛行場適地調査 
          この頃対米関係悪化から軍は空軍の増強を目指し飛行場増設を実施。当飛行場計画もその一環であった
          当時の赤江町に飛行場を建設することになったが、他にも国営大淀川改修事業、赤江河口の築港があり、
          県知事は宮崎市と赤江町が合併して共同処理した方がよいと企画する
1941年始   海軍省調査団による赤江飛行場適地調査 
      03月 町役場にて説明会。敷地内の農民に退去命令(190.4ha)。良質の米がとれる水田が広がっていた
      04月 飛行場新設工事開始
      08月 滑走路周辺整備及び引き込み線建設工事
1942年03月 飛行場敷地内の民家退去期限
1943年04月 宮崎市と赤江町合併。合併と並行して飛行場工事が進められる
      12月 練習基地として開隊。「宮崎海軍航空隊」、「赤江航空隊練習部」の2枚の門札掲示
          滑走路は東西1,500mx100m、これにX字形に交差して西北から南東に1,500mx80mの2本
1944年07月 10日。第二航空艦隊所属の基地となる
          20日。海軍航空隊の大編成替えで実戦の中継作戦基地となる
      08月 海軍航空隊の練習基地を解散
      10月 周辺に掩体壕建設。飛行場拡張工事
          25日。神風特攻隊敷島隊の第一陣出撃
1945年02月 海軍航空隊再編成。それまでは訓練、待機基地で、鹿屋、出水、国分等、特攻隊の中継基地であったが、
          この時から特攻隊の発進基地となる
      03月 11日。当基地から特攻隊初出撃
          18日。初空襲。
      08月 終戦。接収
1951年03月 宮崎民間空港誘致期成同盟結成。運輸省航空局はじめ各機関に積極的に誘致活動を展開
1954年     返還
      07月 全国唯一の国立航空大学校設立。
      10月 航空大学校の訓練飛行場として開港(宮崎飛行場)
      11月 極東航空、定期路線開設。宮崎~大阪 1日1往復
1955年04月 初の日本人による自主管制運用業務開始
1956年08月 公共飛行場として告示(A滑走路1,300m、B滑走路1,340m)
1964年04月 A滑走路延長1,500m
1966年03月 A滑走路延長1,800m
1979年04月 A滑走路延長1,900m
1980年06月 B滑走路廃止
1990年03月 A滑走路延長2,500m、新ターミナルビルオープン
1996年07月 JR宮崎空港線接続
2014年10月 愛称「宮崎ブーゲンビリア空港」に決定

関連サイト:
宮崎空港     
えあぽネット/宮崎空港     
国土交通省大阪航空局/宮崎空港   
Wikipedia/宮崎空港    
ブログ内関連記事(宮崎空港周辺の掩体壕)       
国土地理院 1947年3月当時の写真(USA M103 77) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   

この記事の資料:宮崎の戦争遺跡


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共通テーマ:旅行

コメント 10

マリオ・デ・ニ−ロ

2年前に行った時、航空大学校側を海の方に行ったら砂浜になっていて、サ-ファ-がいて、アプロ-チの飛行機の真横が見られました。
交通の便はいいですね!特急列車も宮崎までなら普通運賃で乗れますし。
by マリオ・デ・ニ−ロ (2006-11-19 00:20) 

catenamas

アシアナが来るんですねー。意外です。
by catenamas (2006-11-19 00:51) 

basashi

金網の高さも低く、写真の撮りやすそうなデッキですね!
こんなフレンドリーな空港がずっと残ってくれることを祈りましょう。
by basashi (2006-11-19 06:43) 

しまふくろう

とりさん
宮崎空港の滑走路サイドにあって他の空港に
ないもの知ってますか?
さすが宮崎は神孫降臨の地!
ランウエイサイドの草むらにいくつもの埴輪が
あなたの離着陸を見守っているのです!
撮ろうと思っていますが、いまだGetできず!
by しまふくろう (2006-11-19 17:22) 

ジョルノ飛曹長

航空大学校のハンガーの中身が気になりますね~。
教育用の機体が入っているに違いない(^_^)
ゼロ戦入ってないかなぁ~←無理!!
by ジョルノ飛曹長 (2006-11-19 23:33) 

とり

■アスランマリオさん
>航空大学校側
ありがとうございます~~!!ヽ(*´ヮ`)ノ
オイラ、ターミナル側からしか行ってませんでした。
ネットで一応調べたんですが、海側のことは分からなかったんですよ。特急運賃情報もありがとうございます。本当に感謝です。
(記事修正させていただきました)
コメント&nice! ありがとうございました。

■catenamasさん
そうなんです。アシアナが来てるんですね。オイラも知りませんでした。
アシアナのHPを見たんですが、週3往復みたいですよ。
コメント&nice! ありがとうございました。

■basashiさん
まったく同感です!首都東京の羽田ですらフェンスは低いんですから、空港設計者次第と思います。
コメント&nice! ありがとうございました。

■しまふくろうさん
おお、そうなんですか!これまた情報ありがとうございます!
埴輪、見てみたいなぁ。
コメント&nice! ありがとうございました。

■ ジョルノ飛曹長殿
まあ、「ボナンザが」。というのが無難な答えなんでしょうけど。でもパイロット養成用にゼロ戦を使用していたら面白そうな気がします。
ところで飛曹長殿、「Wikipedia/宮崎空港」に書いてあったんですけど、
近くにゼロ戦などの掩体壕があるらしいですよ。見たい~!
コメント&nice! ありがとうございました。
by とり (2006-11-20 20:32) 

ひろ茶

さすが宮崎、10月というのにどことなく夏が香る風景ですね。
なのに空港内はイルミネーションと椰子の木のコラボですか!
向こうの人は気候といっしょで明るくてはじけてるんですかね(笑)
by ひろ茶 (2006-11-20 21:36) 

ジョルノ飛曹長

掩体壕ですか。
それは見たいですねー。
掩体壕は爆弾の直撃を受けても壊れない構造になっていて、そのため現在も多くが残されているようですね。
壊すにはかなりの爆発で吹っ飛ばすしか無いそうなんですが、その方が危険なんでどこもやりません。(^_^;)
千葉の房総にまだ残っているところがあって、前に見に行ったことがありますよ。(^_^)
ゼロ戦のタイヤでも残ってないかなと思っていたけど、農具が沢山入っていました。農家の方がそのまま使用しているようです。
by ジョルノ飛曹長 (2006-11-20 23:36) 

コスト

宮崎空港の地方空港に空港線引き入れてるのは知ってて、時刻表でチェックしたことあるんですが、昔はそう多くなかった記憶があるんですが、多いとあるのでまたチェックしてみます。
地方空港に鉄道乗り入れてるのはいいですね^^。
そして高知と同じようなキャンプ地で田舎と思ってたら、空港の中すげえきれい・・、負けたなあと思ってたら、市内にあるのにもう空港の周囲は田舎なんですね^^
夜景撮影おつかれさまでした☆私的nice!つけときます
by コスト (2006-11-21 00:03) 

とり

■hirochaさん
とっても暖かくて、流石「南国宮崎」でした。そういえば宮崎の方とは特に話をしたりしなかったなぁ・・・。館内、クリスマスっぽい雰囲気でした。
コメント&nice! ありがとうございました。

■ジョルノ飛曹長殿
掩体壕が現存する理由って、そういうことだったんですね。オイラまだ一度も見たことがないので、是非見てみたいです。
コメント ありがとうございました。

■コストさん
飽くまでもオイラの主観なのですが、龍馬空港は白を基調とした明るくて爽やかな朝のイメージ、宮崎空港はちょっとビッグバードの中央部に通ずるゴージャスな夜のイメージでした。
>夜景撮影
これはですね、この場所で空弁を食べたり、荷物の整理をしつつヒコーキを待っていたら、暗くなってしまったんですよ。
コメント&nice! ありがとうございました。
by とり (2006-11-22 08:15) 

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