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旧北九州空港・運用当時(旧陸軍曽根飛行場、小倉飛行場/空港) [├空港]

  2006年1月訪問、2017/9/2:更新  


無題2.png
1947年4月(USA M279 46)  

終戦から2年後。接収期の曽根飛行場

無題5.png
2005年4月(CKU20051X C8B 25)  
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成・2枚とも) 

廃港1年前の北九州空港(当時)

廃止後の記事はコチラ   

 

福岡県北九州市小倉南区にあった陸軍の「曽根飛行場」。

戦後の接収期を経て、2006年まで「北九州空港」でした。

上のグーグルマップは、 防衛研究所収蔵資料:「飛行場記録 第12飛行師団司令部」(陸空-本土周辺-120)

の「要図」から作図しました。

陸軍時代には、1,500mx60m の舗装滑走路でした。

オイラが作図した限りでは、「北九州空港」時代は滑走路中心線はそのままに、

海側部分の滑走路端を100m程延長して使用していたようです。

上記資料「曽根飛行場記録」を以下引用させて頂きます。

判決 自重六屯以下の飛行機の使用に適す

飛行地区
滑走地区 一七五〇x四〇〇埋立転圧
舗装路 一五〇〇x六〇 マダガム(10cm)舗装
土質 粘土質
地表面の状況 雑草にして滑走路北地区地耐力なし
周辺障碍物の有無 なし

付属地区
誘導路 一二〇〇x二〇
宿営 木造平建五、事務室一、空中勤務者控所三、(四〇〇名収容)  
夜間着陸設備 有
動力線 なし
電灯線 各建物に配線しあり
給水 水道なし井戸も水質塩分を含み飲料水に不適

其他
風向 東、西、但し朝夕海霧のかかることあり

備考 飛行場は満潮時に於ては海面より低く海岸に堤防を構築しあるも暴風雨の際は堤防決壊することあり
現に八月二十七日暴雨時約150m決壊しあり(80cm)浸水す

旧北九州空港は、霧の影響で欠航が多いことがネックだった訳ですが、

当時の資料にも「朝夕海霧のかかることあり」と出てますね~。

実は同資料の後ろの頁にも当飛行場についての資料が綴られていて、幾つか差異がありました。

判決の項目で、「六屯」の代わりに、

「自重10頓以下の飛行機の使用に適す 但し舗装路外は6頓以下可能」とありました。

舗装路の項目では、「マカダム」の部分が、「1,500x60 10糎「コンクリート」舗装」とあり、

地表面の状況の項目では、「雑草」の部分が「張芝」になっていました。

以下運用当時お邪魔した写真をズラズラと。

ターミナル前の植物が南国っぽい。

 

展望デッキへはこちらの外階段から。

広々していて見学しやすい展望デッキ。

便数が少ないので、ヒコーキが行ってしまうと、展望デッキの見学客も一気にいなくなります。

地方空港でよく見かける光景です。

展望デッキ:1 羽田から飛来したヒコーキ。

展望デッキ:2

展望デッキ:3

ターミナル内では、「新北九州開港まであと○○日」とカウントダウンしてました。

北九州市消防航空隊

路線バスの表示


       福岡県・旧北九州空港    

    ビュー:☆☆★★★  

展望デッキ無料。自販機、双眼鏡、ベンチなし。
便数少ない。見晴らし良好。

    施設:☆☆☆★★  

小さい売店にパン、弁当など軽食あり。からし明太あり。レストランあり。
案内表示は必要最低限。
ターミナル前に有料駐車場あり。

    マニア度:★★★★★  

特に発見できませんでした。

    総合:☆☆★★★  

周囲は住宅、会社がパラパラと。
ヒコーキがない時間帯になると、人もなく、バス、タクシーもなく、鉛色の空、冷たい雨と相まって、寂しさばかりが印象に残る閉鎖前の空港でした。

旧北九州空港データ(運用当時)
設置管理者:陸軍→米軍→国土交通省
3レター:KKJ
4レター:RJFR
空港種別:第2種空港 
運用時間:7:30~21:30
住 所:福岡県北九州市小倉南区曽根北町
標 点:N33°50′11″E130°56′49″
標 高:3.0m
面 積:61ha
滑走路:1,600m×45m
磁方位:11/29
(陸軍当時)
1,500mx60m マカダム舗装
航空管制周波数
118.25 126.20

沿革
1944年09月 陸軍曽根飛行場として開設
1945年08月 接収
1953年12月 接収解除、小倉飛行場に
1958年07月 第2種指定、小倉空港に
1973年02月 北九州空港に名称変更
1983年10月 定期便運行停止
1991年03月 滑走路延長(1,500m→1,600m)
          当時のJASが東京便で定期便復活
2006年03月 廃止、新北九州空港開港

関連サイト:
Wikipedia/北九州空港(初代)   
ブログ内関連記事
          

この記事の資料:
防衛研究所収蔵資料:「飛行場記録 第12飛行師団司令部」(陸空-本土周辺-120)昭和二十年九月十七日


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コメント 10

chi-hiro

雨模様で、写真、見てたらなんとなく寂しい印象だったけど、
やっぱり最後にかきこしてましたね。
でも、良い記念写真になりましたね。
by chi-hiro (2006-06-21 22:09) 

マリオ・デ・ニ−ロ

空港跡地は何になるんでしょうか?
燃料補給中?のおじさん?3人は何とも言えずいい味出してますね!
by マリオ・デ・ニ−ロ (2006-06-21 23:26) 

まさ

こんばんは^^
濃霧が多かった北九州空港・・・着陸できずに福岡空港にまわってくることが頻繁だったみたいで(宇部とか広島もかな?)、新幹線博多駅のみどりの窓口では代替用の切符を交換してるアナウンスがいっつも流れてました。駅員さんやビジネスマンさんは大変そうだなァっと他人事でしたが・・・^^
米軍に見つかりにくいように山に囲まれた土地に作られたのが災いしましたね。かわいそうな生い立ちです・・・。
by まさ (2006-06-22 01:25) 

とり

ちひろさん
もう営業中の北九州空港は見れませんからね~。晴れ間の出ていない空港には行かないようにしているんですけど、ココは閉鎖が迫っていたため、止むを得ずという感じでした。でも廃港前の寂しい感じがして、これはこれでよかったのかもしれません。
コメント&nice! ありがとうございました。
by とり (2006-06-22 05:48) 

とり

アスランマリオさん
おじさん?3人のことはご指摘いただいて気がついたんですが、DC-9型機でも主翼の下に余裕で大人が立てるだけの高さがあるんですね。ありがとうございました。
空港跡地はどうなるか・・・オイラも知りません。今年の11月に新北九州空港と、ココに行く予定をしてますので、見てきたらレポしますね。
コメント&nice! ありがとうございました。
by とり (2006-06-22 05:54) 

とり

まささん
この空港の生い立ちはそんなだったんですか~。新しい空港を建設する理由の1つに、「就航率が低い」というのが入ってましたね。今はどうなんだろう・・・。
コメント&nice! ありがとうございました。
by とり (2006-06-22 05:57) 

コスト

この空港は、いつも高知ー福岡便で毎回上空から見てました。
場所もあまりよくなかったんで、いつもなんでこんなとこに?と思ってたんですが、そういう理由だったんですね。
新幹線で代替輸送してたんですね。僕も福岡行きが悪天候で鹿児島に降りそうになって、自腹で移動になるのか気になってたんですが、飛行機でも代替輸送するんですね。
ほんと跡地はどうなるんでしょうね。
by コスト (2006-06-22 22:36) 

しまふくろう

MD-87につながってるトウイングカーなんですけど、いまは伊丹空港にあります、チョロQみたいでかわいいですョ!
ふつう燃料補給に3人も必要ありませんので、他の人は貨物・手荷物の搭載担当者でしょうか?
ローカル空港の職員は時間によってANA・JALの制服を着替えたり、なんでも屋さんの仕事をして少ないマンパワーでがんばってます!
by しまふくろう (2006-06-23 10:10) 

とり

コストさん
上空から見てましたか~!それにしても、福岡に行くつもりが鹿児島って・・・全然遠いジャン!危ないトコでしたね~(;゚∀゚)=3 跡地、オイラも気になります。
コメントありがとうございました。
by とり (2006-06-23 22:06) 

とり

しまふくろうさん
またまた興味深い情報たくさんいただきまして、ありがとうございます!!
「制服着替え」なんて、そこまでしてるんですね~ビックリです。(@Д@)

それから。 200nice! ありがとうございました~~~~!ヽ( ゚∀゚)ノ
by とり (2006-06-23 22:16) 

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